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「私は、人ではありません。ですが妖怪や神といった存在でもありません。」
寺を出て数日、川の近くで火を起こしている紅月が唐突に口を開いた。
「人じゃないだと……?」
「はい。……観世音菩薩は聖霊の類じゃないかと仰っていました。」
「……観世音菩薩と知り合いかどうかは今は置いておく。
言っていた、というのはまるで自分でも分かっていないような言い方だな。」
火種が出来、消えないようにそっと息を吹きかけながら紅月は三蔵に続けた。
「はい、私はある人に昔拾っていただいた身でそれ以前の記憶が無く自分の正体が何者なのかも知りませんでした。
知っていたのは、この支天輪が私にとって何なのか、という事だけ。
名前は私を拾った人が、名付けてくれました。」
「支天輪って……お前がいつも大事にしていた物だな。」
火種が燃え上がり拾った枝を火に入れてから紅月は懐から支天輪を取り出し指先で撫でた。
「はい。私は支天輪から式神達を召喚する事が出来ます。
ーー来々、離守。」
立ち上がって支天輪を空に翳して唱えると支天輪の中央から光と共に掌に乗る程小さな女の子が現れた。
女の子は口をパクパクとさせながら紅月とコミュニケーションをはかる。
“紅月さま!紅月さま!”
「久しぶり、離守。
玄奘様、お手を。」
「……?」
紅月に言われるまま手を差し出すと離守と呼ばれた小人が三蔵の手に乗り移る。
“初めまして三蔵さま!”
「この子は私や他の式神以外と喋る事が出来ないんです。」
「今喋ったじゃねぇか。」
「え?」
何を言っている、と言いたげに三蔵が表情を作ると紅月は驚いたように目を丸くした。
「玄奘様、離守の声が聞こえるんですか?」
「そう言っている。」
“紅月さまや他の皆以外に離守の声を聞いてくれた人は初めてです!”
わーい、と三蔵の掌で離守がはしゃぐと紅月は慌てたように離守を止めた。
「離守……!玄奘様の掌で遊んでは……」
「……構わん」
「ですが……」
「良い。……何もしないより、気が紛れる。」
それを聞いて紅月は口をつぐんでしまった。
「(やはり、思い詰められているのですね……)」
そっと目を閉じた紅月は八穀を召喚すると森から食べられるものが無いか探してきてほしいと命じて森へと行かせた。
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