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「姫様」
「時矢」
邸で札を作っていた癒月は傍に降り立った気配に振り向く事無く応えた。
「……異界に入れるようになり、翁を、見つけました。」
「!」
「ですが…」
「…どうしたの?」
そこで初めて癒月は時矢に振り返るが、時矢は何処か痛めたかのように表情を歪ませていた。
「…姫様の許へ集った我ら四人を除き、翁を含めた他の者は何かの襲撃に遭ったのか戦闘不能で生死を彷徨っていました。」
「!!?」
はっ、と驚愕し息を呑んだ癒月は手にあった筆を落とし床に転がった。
「已和と千里は、あちらで救命活動に当たっています。」
「…瞬…椿は?」
「…朱凰は少し我を失いかけましたが、椿はとりあえず生きています。
やや時間が経っていたようですが…誰も亡くしていません。」
ぎり、と癒月は拳をきつく握った。
何が何なのか全く分からない。
翁に話を聞こうにもその状態では無理だろう。
「恐らく負傷した翁の結界が弱って、我らが入れるようになったのかもしれません。
今まで全く効かなかったのに、罅が入っていたので何度か繰り返した俺と朱凰の攻撃で崩れました。」
「内側で何があったんだろう…」
「分かりません。…ですが」
言い淀んだ時矢は癒月にしか分からない程度で戸惑いを浮かべていた。
「…懐かしい、神気を感じました。」
「え、」
「誰のかは、分かりません。ただ、酷く懐かしいと思える神気の名残が異界に漂っていました。
…以前遭遇した奈落に近い、でも少し違う感じの気でした。」
昨夜、奈落を呼び出し「記憶を取り戻すのを手伝え」と言ったが、時矢は襲撃されて暫く経っていると言った。
恐らく奈落ではないだろう。
「涼風…でも無さそうだけど」
訳が分からない事だらけで、癒月は状況を整理出来ずにいた。
主であり祖父の晴明も連日調べてくれているようだがまだ成果は得られていないようだ。
「…翁が弱っている今、記憶を戻す何かきっかけがあれば封印が解けるかもしれない。
翁には悪いけど、今しか機会は無い。」
「そう、ですね…。」
「っていってもきっかけが無いし分からない以上何も出来無い。
時は異界で皆の手当とかを手伝って。」
「っしかし」
「時矢、行け。」
「!」
反論しかけた時矢にきつめの口調で“命令”した癒月は、ぐっと口を閉ざす時矢に苦笑した。
「勾達がいる。
それに、お前は私に何かあったら来てくれるでしょう?」
「…ずるいです、それを言われては応えなければいけないではありませんか。」
「それがお前の主だよ。」
仕方なさそうに微苦笑した時矢はスッと姿を消し異界へ戻った。
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