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『…若?』
「っ、とら…」
家光に薬を盛られた翌日、ややすっきりした顔で目覚めた霧兎は躊躇いながらも腹心であり兄代わりである虎慈に連絡した。
元々するつもりは無かったのだが眠っている間に
電話が来ない事に痺れを切らしたのであろう虎慈からの着信が入っており渋々掛け直したのだ。
「…慈奈から、聞いた?」
『…うん。』
「…、ごめ…俺、守れなかった…!」
『…若は悪くない…俺は、若だけでも無事で良かった…!』
「っ」
霧兎は息を詰まらせた。
目頭が熱くなるのを深呼吸してやり過ごす。
『…若、俺やっぱりそっちにーー』
「大丈夫」
『え?』
日本に戻る、と言いかけた虎慈を霧兎が遮った。
「大丈夫だから…俺、組を襲ってきた奴を許さないから…俺が自分でけじめをつけたいんだ。」
『若…』
「俺じゃないと、多分ダメなんだよ…」
消え入りそうな最後の言葉は、電話口の虎慈にも届かなかった。
『でも、誰が若を守れるんだよ…!いくら恭弥でも流石に』
「守らなくていい!」
『!』
「ずっと守られてきた。
父様にも母様にも冬夜にも虎慈にも骸にも恭弥にも組の皆にも!!
でもそれじゃダメなんだよ…!俺が…変わらなきゃいけないんだよ…!」
それは今回の襲撃で思ったのではなく、家族を亡くしたイタリアの襲撃戦でも、この間の骸の件でも痛感した事。
自分がしっかりしようとすればするほど、周りが助けてくれる。
強くなろうとすればするほど、周りが守ってくれる。
どうしてもそれが歯痒かった。
「俺は…守れるようになりたい…」
『若…』
「皆を守れるようになりたい…虎や恭弥に、背中を預けてもらえるくらい、強くなりたい…!」
『それは…っ』
「多分、今回の事は試練なんだと思う。」
『試練…?』
訝しげな虎慈に無意識に小さく笑い、うん、と相づちを打つ。
鳥の囀ずりが耳元で聞こえる。
全然違う鳴き声だが、霧兎の視線のずっと先にも小鳥が鳴いていた。
「俺が強くなる為の試練。強くなる資格があるのかどうか。これから先、組の上に立つ者としてふさわしいか。」
『…………』
「だから、俺は慈奈に渡された指輪と証を受け取った。」
『慈奈が…持ってたのか?親父の…先代の遺留品の中に無かったとは思っていたが』
「父様に渡されたって。屋敷の中に隠して有事の際に俺に渡せって。」
『…先代…。』
「だから大丈夫。虎は俺がしなきゃいけない仕事とかしてくれてるし、今は慈奈に鍛えてもらってる。」
『慈奈に鍛えてもらってるって大丈夫なのかそれ』
「ちょっとそれどういう事よー!」
「!」
『うお!』
後ろからケータイをひったくられ、聞き覚えのある声に振り返ると慈奈が電話越しに虎慈に文句を述べていた。
その後ろで大量の魚を担いだ家光が苦笑している。
「虎慈!さっきのはどういう事よ!」
『姉ちゃんの聞き間違いだろ!』
「ちゃんと聞こえていたわよ!!」
それから30分程ケータイが返ってくる事は無かった。
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