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「…………」
目を覚ました霧兎は白い空間に蓮が咲き誇る湖と聳え立つ大きな桜の間に横たわっていた。
「……………」
ある物は違えど何度か来た事のある空間に、考えずとも此処が何処か理解出来た。
「精神世界……」
「霧兎」
果てしない空間を見上げて呟くと背後から名前を呼ぶ慣れた声が耳に届く。
「骸…」
「気分は悪くないですか?」
「ん、大丈夫。」
「良かった。」
骸は見上げたまま返答する霧兎に気にする事なくすぐ傍まで歩み寄ってきた。
「懐かしいね、此処。」
「おや、覚えてるんですか?」
「うん。何かがあるのは初めて見たけど。」
桜と蓮。
霧兎はこれが何を意味しているのか不思議と分かってしまった。
「……」
「…恭弥は?」
「現実世界で倒れていますよ。…かなり骨を折ったんですが、なかなか手強い男でした。」
「…殺、したの?」
「いいえ。僕に一撃を入れて、あなたの前で倒れましたよ。」
雲雀が生きていると知った霧兎は安堵したように小さく息をつき、湖の蓮をみつめた。
「俺を此処から出してくれないの?」
「出すも何も、貴方が起きれば出られますよ?」
「…そうだけど、違うんだよ。」
ぽつりと呟いた言葉に聞こえなかったふりを決め、骸は口を開いた。
「霧兎」
「何?」
「…それほど、雲雀恭弥が大事ですか?」
「え……」
意外と言った表情で霧兎は思わず骸に首を傾けると、骸は"やっと目を合わせてくれましたね"と微笑して続けた。
「…僕より、雲雀恭弥が大事ですか?」
「…選べない。俺にはどちらも大事で、どちらもたった一人の存在だから。」
何処か遠くを見つめるように正面を向いて、霧兎はぽつりと呟いた。
「霧兎も、上に立つには考えが甘いですね。それでいて強欲だ。」
「知ってる。」
「僕や彼じゃないにしろ、必ず君には選択を迫られる時がきますよ。」
「うん、それも分かる。」
骸の言葉に霧兎は相槌を打って頷いていく。
「さて、」
ゆっくりと骸が立ち上がった。
疑問符を浮かべた霧兎に笑みを向け、その頭を撫でてから骸は口を開いた。
骸の漂わす雰囲気に霧兎は言いようのない不安を覚える。
「僕はボンゴレを少々甘く見ていました。」
「…十代目の事?」
「ええ。…いえ、他の者達もでしたが。」
「…そっか。」
直接言いはしないが、骸の言葉に霧兎は現実世界で何があったのかを察した。
口にしないのは骸のプライドを傷つけかねないからだった。
「…僕はね?霧兎」
「…?」
霧兎の頬に触れ、微笑んだ骸は消え入りそうな声音で囁いた。
「君の幸せを想っています。昔から。勿論、これからも。」
「骸…?」
「あの男が君を幸せに出来るとは到底思えませんが…君が選んだのなら、もう暫く様子を見ましょうか。」
「骸、」
「僕は今から復讐者に連れて行かれるでしょう。」
「!?」
骸の唐突な発言に焦りを見せていた霧兎は絶句した。
「な、んで…」
「犬から、僕らが実験台にさせられていたのは聞きましたね?」
「…………」
「ファミリーを潰した後、僕はマフィアを追放された。復讐者が動くほど僕は危険人物なんですよ。」
「嘘…でしょ。だって骸は優しいでしょ…」
「ふふ、君にだけですよ。僕は君を愛していますから。」
「そんな…!」
くしゃり、と歪む霧兎の表情に苦笑し、骸は手を下ろした。
「…もう時間ですね。最後に一つ。」
骸は真っ直ぐに霧兎を見つめる。
「君はイタリアに戻る必要はありませんよ。」
「!」
「いいえ、戻らないで下さい。このタイミングで戻れば君は悲しむ事になる。」
「え?それってどういう…」
「また会いましょう…僕の可愛いーーーー妹」
風に流されるように骸の姿は消えていった。
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