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「紅葉様!」
「首無?」
買い物帰り、背後から呼び止められ振り返ると首を押さえて首無が追いかけてきた。
「若菜様にやはり荷物を持つのを手伝ってやってほしいと。リクオ様は毛倡妓が看てます。」
「そんな気遣わなくて良いのにー」
「あと、俺が個人的に話がしたかった」
「あら」
実を言うと紅葉は首無とは一番仲が良い。
人間だった頃の首無と毛倡妓も知っており信頼も厚かった。
大半の荷物を首無が持ってくれ、二人は人気の無い近くの公園へ入ってベンチにに荷物を一度下ろして腰かける。
首無だけ、紅葉#の少し斜め後ろに立った。
「珍しいわね。」
「単刀直入に言う。まだ、………………あいつを愛しているのか?」
「!」
ぴく、と紅葉の肩が跳ねたのを首無は見逃さなかった。
「答えろ、“紅葉”」
「…二代目が亡くなって、もう呼ばないかと思ったのに」
「呼ぶつもりは無かった。…でも真剣な話をいつも避けようとするからな」
紅葉は微苦笑を浮かべて肩越しに首無に向き直った。
「愛しているわ。」
「っ…なんで、いつまであいつの事を……!」
・・・・・・・・・
「愛している筈なのよ。」
「!!」
ざわっと風が大きく吹いた。
「…誰にも言えない。言わない。
首無、アンタだけに言う。
あの人と…鯉伴と一番距離が近かったアンタだから。」
「待て、鯉伴って…どういう…」
「そう。あたしが、愛した人の名前を言えないのは、知ってるね?
そしてあたしの、金華猫の特性から誓いを立てると死ぬまで守り続ける事も、昔教えた事あるよね」
「…あぁ」
だから、今。
「鯉伴」と言った事が引っ掛かったのだ。
「…二代目の墓の前で、あたしは誓った。“一生、二代目を愛し続ける”と。
今まで名前なんて声に出して呼べなかったし口に出す事も無いと、思っていた。」
「………」
「愛している限り、名前は声にして出せない。そして、誓いの効果が効いている限りあたしは二代目を愛し続けている。
そう、思っていたの。」
「紅葉…」
「ーー夜の若が、“俺の女になれ”ってさ」
「!」
紅葉は視線を前に戻すと突如話が変え、首無は虚を突かれた顔をしたがそのまま口を挟まずに耳を傾ける。
「勝手よね。
昼の若はそんな事言ったって覚えてないし、あたしは二代目への誓いがあるのに、そう言っても諦めてくれないのよあの子。
親父を好きなのは知ってて言ってるって。」
「リクオ様が?」
紅葉は微苦笑して頷き、何処か遠くを見つめていた。
「絶対諦めない。親父よりも好きだと言わせてやる…ってさ。
あたしがどんなに言っても絶対譲ってくれないのよ。」
「……夜のリクオ様は少し強引なところもあるからな。らしいといえばらしいが…。」
「少しじゃないわよ全く。
そういうところは父親似なんだから。」
呆れた口調でぼやくと、紅葉の表情に陰が差した。
「紅葉?」
「…の、…え…」
「え?」
小さく呟いた言葉を、紅葉はもう一度、首無に聞こえるよう繰り返した。
「…若の名前、言えないのよ」
「はっ…?」
「明けに、若があたしを連れ出したでしょう?
若じゃなくて名前を呼べって、言われたけど言えなかった」
首無が緊迫した空気を醸し出しながらやや固い口調で口を開いた。
「それは、どういう事だ?」
「分かってたら苦労しないし、アンタがあたしの様子を伺いに来る事も無かったんじゃない?」
「…、」
「何となく、そろそろ聞いて来るとは思ってたわよ。
アンタにしか、こんなこと言えないわ。」
「紀乃にも、か?」
「紀乃に言ってしまったら、あたしを慕っているからこそ自分のように傷付くもの。」
あの子のそんな顔見たくない、と微苦笑して弱気な表情を浮かべた。
「それに、首無」
「ん?」
「もうアンタくらいしか、あたしは弱みを見せられないでしょう?」
氷麗も毛倡妓も姉のように慕ってくれている。
しっかり者の頼れる姉。
二人だけでなく、組の者の殆どがそう慕っている。
後にも先にも、弱さを見せたのは二代目が亡くなった時だけ。
それも初めだけで、すぐ邸を出た。
だからもう弱みなど見せられなかった。
「誓いがあるのなら、あたしは若の名前を呼べる筈。
昔ガゴゼ会がバスを襲撃した時は呼べてたのよ。」
「なら、あの時までは何も無かったと?」
「…多分何かあったとすれば、最近じゃないかと思う。
意識して名前を呼ぼうとした事は無いけど、夜若が本格的に私にアプローチしてきたのは最近だし、名前が呼べないなんて事が無かったらあたしはこんなに気にならなかった筈。
…知らない所で何かが起きてる気がするのよ。」
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