ぬらりひょんの孫 | ナノ


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放課後、リクオは紅葉に連れられ隣町の外れにある閑静な住宅街を歩いていた。




護衛組も随分離れたところから様子を伺うようについてくる。






「紅葉、どこに行くの?」

「ここ」

「えっ?」





問いかけたところで立ち止まった紅葉が住宅街を抜けた辺りでとある建物を見上げる。
そこには何の変哲もない二階建ての小店で外からの入り口が1つしかないことから二階は住居かと思われた。



紅葉はその入り口の引き戸を躊躇いもなくカラカラとスライドする。





「秋、いるー?」

「ちょ、紅葉?!」




まるで自宅のような遠慮の無さにリクオが慌てて止めようとすると紅葉はクス、と笑ってポンッとリクオの頭を撫でた。



大丈夫、という意味なのかもしれないが子ども扱いされるのが不服なリクオがムッとしていると奥からパタパタと足音が聞こえて来た為そちらに視線を移す。




「!紅葉さん!!」

「久しぶり」

「お久しぶりです!
…えっとそちらの方は…?」

「あぁ、こちらはーー」

「紅葉の恋人で、奴良リクオと言います。初めまして」

「っ、」





奥から出迎えてくれた赤毛の少年に紅葉が紹介しようとするのを遮って自分で名乗ったリクオの言葉に紅葉の頬に若干赤みが差して弱く睨みつけられる。





「(ちょっと、それ言う必要ないでしょ!)」

「(良いじゃない、減るものじゃないし。事実だし)」

「あっそうだったんですね!俺は…」

「…あぁ、人間の名前じゃなくていいわ。彼もこちら側・・・・だから。」

「「!」」




小声のやり取りは赤毛の少年の耳には届かなかったらしく、自分も名乗ろうと口を開いて悩むように固まった。
何かを察した紅葉のこちら側、という言葉に紅葉以外の二人が目を瞠る。その言葉だけでお互いが人間じゃないのは容易に想像できた。





「そうですか。初めまして、俺はリベザルといいます。」

「外国人みたいな名前だね」

「この子、ポーランド出身だから。確か種族名だっけ?」

「あぁ…はい。この深山木薬店で助手見習いをしています」

「で、秋達は?」

「すみません、師匠は紅葉さん達が来る事知ってる筈なのに依頼があって出て行かれちゃったんです…兄貴も用事を言いつけられて」

「逃げたわね…」

「あ!でも紅葉さんに依頼された物は預かってます!ちょっと待っててくださいね」





パタパタと来た時同様に奥へ下がっていくリベザルの背を見つめながらリクオが口を開く。





「師匠と兄貴って?」

「秋っていう子がこの薬屋の店長でリベの言う師匠、店の経営者で秋の助手…いや世話係かしら…?もう一人が座木が兄貴って呼ばれている子なんだけど秋がザギって呼ぶからあたしもそう呼んでる。その二人も人間ではないわね。

秋が薬の調合して売ってるんだけど、法外な値段なのよ。効果は抜群にいいけどね。
昔のよしみって思ってくれてるのかは知らないけど、多少無理のある薬もどうにか作ってくれるから鴆に頼めないものは秋に頼んでるの。」

「無理のある薬?」

「あたしが学校の子達の記憶を誤魔化してるでしょ。あれ、秋の薬」

「え!?大丈夫なの!?」

「腕は確かだから大丈夫よ。」

「っていうかそれって」

「違法だけど、あの子達そもそも人間じゃないから人間の法なんてあってないようなものよ。人間の生活に溶け込むために悪いことはしないだけで」

「(違法な薬を作っている時点で悪事なんじゃ…)」

「お待たせしました!」




リベザルが何か紙袋を抱えて戻ってきたので会話を中断させると、彼から紙袋を受け取った紅葉は中身を確認して目を瞠る。




「…あら?」

「えっ?!中身違いますか!!?」

「あぁごめん、中身はあってる。けど頼んでないものが入ってるから」

「あ、そうでした!"もうひとつもおまけしといてやるから効果が知りたいなら後で電話して"って師匠が…」

「…あいつ、あたしで実験しようとしてないでしょうね。まぁいいわ、ありがとう。
お金はもう振り込んであるから。」

「分かりました!伝えておきます」

「うん。またねリベ。」

「あ、お邪魔しました」

「いえいえ!ありがとうございました!」





ひらひらと手を振って店を出る。
紙袋を片手で抱え直し、大扇を懐から出した紅葉はバッと扇を開いた。





「大扇、幻獣の章」




唱え終わると周囲からわらわらと小さな虫が紅葉の周りに集まり出し、紙袋の中にある小さな瓶を取り出して口を開けたまま紙袋を足元に置く。





「…蜘蛛?」

「以前も見たでしょうけど、あたしの眷属に大蜘蛛がいるのよ。この子達はそのまた眷属ね。
身体が小さいから家に侵入しやすいし薬を撒くの手伝ってくれるの。」

「ふうん…」




中にある砂利程度のサイズの小さな紙の包みを一つずつ持ってどこかへ消えていく蜘蛛達。
ものの数分で紙袋が空になり、蜘蛛達も完全にいなくなった。





「ん、あとはうまいこと犬神との一件はごまかせるでしょ。ワカメの登場で演出だと思ってる生徒もいるみたいだけど、首無と入れ替わった時の若の首が無いと思ってショック受けた生徒もいるし。副作用がでないように効果を薄めてくれてる筈だから全部消すのは無理だけどね。」

「…ありがとう、紅葉」

「うん?」




紙袋を拾って持っていた瓶を中に入れる。
それをまた抱えて来た道を戻り始めるとリクオから唐突に礼を述べられた。





「学校の事、いろいろやってくれて」

「…ま、臨時とはいえ今はあたしも一教師だから生徒の安寧は守るべきだしね。とっても表向きはね。

それに…」

「"それに"?」




隣の紅葉を見上げると、彼女はふわりと優しく笑った。





「貴方が好きで行ってる学校だもの。襲名もして今は豆狸との闘いが控えてる…今まで以上に忙しくなる貴方の平穏は、出来るだけ守りたいわ」
















「浮世絵キネマ館、一番街の神社・仏閣…は一部のみ、千田通り旧道トンネル、薬品工場跡地ーー通称おばけ城、廃校4つ…」




夜、幹部を集めて会議中の奴良組本家では一つ目の報告が行われていた。




「えー…このように我らが奴良組のシマ"浮世絵町"では四国八十八鬼夜行を名乗る奴に侵攻を許し大幹部"狒々"を失い、各地で妖怪騒ぎを起こされ大妖怪一家の鼻はあかされまくっているのです。…以上、報告終わり」




地図に筆で印をつけていった一つ目の報告の言い方に含まれた嫌味を感じているのは猫姿の紅葉だけではないだろう。


案の定、他の者が騒ぎ始める。





「なんですかいこりゃー!」

「大敗北じゃないですか」

「戦争なら奇襲攻撃受けて即白旗モンの被害じゃ」

「ありえんのう!」

「しかも聞けば…敵は結構な少数精鋭部隊だそーで」

「笑ってしまうのう…大妖怪一家が…」

「さっさと片づけてしまえばよいのに…この状況」

一体誰が責任とる・・・・・・・・じゃい!?

…と!!皆さんおっしゃりたいのでしょー!!」

『………』




嫌味の塊のような視線をリクオに向けている一つ目に少しずつ紅葉の目が剣呑なものへと変わっていく。
一つ目だけではない、この場の殆どの者に対してふつふつと湧き上がる怒りが湧き上がっているのを嫌でも自覚していた。




「また一つ目の奴…」

「この件で調子に乗りおって…」

「待てやおめーら!!リクオはまだ若頭に襲名したばかりじゃあねぇか!」




紅葉より先に耐えきれなくなった鴆が声を上げる。
しかし、他の幹部達は我関せずといったように視線を殆ど合わせることなく食事についたり沈黙を貫いた。





「しかも今の状況は総大将の代理。二人もやった分だけ仕事はしてるってもんだろーが?」

「若造!!口出しすんじゃねー!!」

「るせー!!奴良組の幹部にゃ上も下もねーだろーがぁ!!」

「鴆くんいいよ…」

「リクオはだぁってろい、ムカついてんで」

『…鴆、下がって』

「紅葉?」

「紅葉様?」





トトッと上座から降りた紅葉が変化を解いていつもの姿に戻ると一つ目の目の前で仁王立ちする。





「くだらない…若造じゃなきゃ口出ししていいんでしょ?」

「ぐ…紅葉様…!」

「…今日の幹部はいつも以上に腹が立つわ。初代がいなくなって若が代理になったとたん強気になって。狒々が死んだって報告受けた時にはビビッて一目散に逃げ帰ったそうじゃない。責任逃れもいいとこね。
聞くまでもないけど…ここにいる、あたしを含めて若の一派を除いた誰一人、狒々の仇を討ろうなんて考えてもないでしょ」




誰一人口を開かない状況に紅葉はわかっていても苛立ちを隠せない。
幹部達を射殺さんばかりに睨みつけ地を這うような声で紅葉は続けた。




「心底呆れた…思ってる以上にどいつもこいつも腑抜けになりやがって…!!

"大妖怪一家が笑える"?何ひとつ自分で動こうとしないアンタ達の方があたしには笑えてしかたないわ…!!
"さっさと片づけてしまえばよいものを"?"誰が責任とる"?…他人任せにも程があるでしょ…二度と奴良組幹部と名乗るのやめな…!!

そんなに怖いならあの豆狸の一味にでもなればいいじゃない!!奴良組にこんなクズいらない!!」

「紅葉様言い過ぎですぞ!!」

「何を言いますか!!」

「黙れ達磨、鴉!!こんな奴ら、若どころか初代の下僕を名乗るのもおこがましいわ…!!」

「紅葉!!!」




パンッ、と乾いた音が室内に響いた。
半瞬して左頬が熱を持つのを感じて、紅葉は一瞬で目の前に回った幹部一聡明な男を半ば睨むように見上げる。





「牛鬼…!!」

「…紅葉様、発言にお気を付けください。一度、気を静められませよ。」

「アンタもアイツらと同じこと言うんじゃないでしょうね…」

「ありえませぬ。貴女は私を理解して下さっているでしょう。
…しかし、ここで感情に任せて言い争っていてもキリがないのです。」

「…ごめん」




赤みを増す左頬を押さえて紅葉が俯いた。




「無礼を、」

「謝らなくていい。あたしも悪かった」

「…分かりました。」

「鴉、誰かに冷やすもの持ってきてくれるよう言って!」

「はっ!」





成り行きを見ていたリクオが指示すると鴉天狗が廊下に控えている下っ端の妖怪にそれを伝えて戻ってくるのを待った後、牛鬼が静かに室内を見渡した。





「ーーーーーだが、愚かはどちらか。
使えぬコマを見捨てる行為…それはいくらでも増援が見込めるから…ではないのか」

「増援ーー!?」

「はは…まさか」

「まさかではない。戦力は多めに考えていた方がよい」

「集めるの!?集まるのか!?」

「聞けば若く冷酷だが…野望に燃える男…血の気の多い妖怪はそういう男の元に集まるというものだ」





牛鬼は腕を組んではっきりと言った。





「味方殺しは自信の顕れ。彼らは先鋒に過ぎずーーー彼らだけが実数にあらず!
更なる強大なモノとなり攻めてくるだろう!」

「なっ…」




障子が小さく開き、首無が冷たい水で濡らした手拭いを持ってくる。
受け取った鴉天狗がリクオに渡し、リクオは紅葉に歩み寄って左頬に宛がった。




「(…ありがとう)」

「(無茶しないで。大丈夫?)」

「(一応手加減してくれてるみたいだから大丈夫。それに、その言葉そのままそっくり返すわ)」

「(え?)」




ひそひそと小声で話していたものの、それを中断して牛鬼の話に耳を傾けた。





「ま、それだけ強烈な光の元に…強大なモノを作ろうとしたら…より大きな影も出来るでしょうがな…」

「そうだろうね」




視線で何が言いたいかを交わしたリクオと牛鬼に一つ目が再び噛みつく。




「何のんきなこと言っとんじゃ二人とも。
8、9人でこの状況ならもっと来たら全滅するぞ!!奴良組」

「おちついてよ一つ目…」

「あのなぁ…狒々様はもうやられてんだぞ?これ以上幹部が狙われたりしたらどーすんの!?責任取れんのかって言ってんの!!ワシらは死にたくねーんだかんなー!!」

「っ、アンタ守ってもらうために組にいるのなら…」

「紅葉!」




キッと一つ目を睨んで言い返そうとした紅葉をリクオが制止した瞬間だった。








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