▼ 空耳かもしれなくても
(1/1)
第十章の後の話です。独白。
静かな寝息が聞こえ、完全にリクオが眠りに落ちたのを確認した紅葉は気配を殺して部屋を出た。
昔から(猫姿で)傍で寝ていたのだ。
完全に落ちたタイミングは心得ている。
足音一つ立てず、紅葉は誰もいない仏間へとやってきてドロンッといつもの姿に戻った。
割れた面を仏壇に立て掛けて仏壇の前に座り、面の横にある今は亡き男の写真に一人話しかける。
「…アンタのとこに狒々が行ったっていうのに、アンタはまたどこほっつき歩いてんのよ。」
帰って来る事のない返答だと知りつつ、紅葉は続けた。
「狒々も狒々よ。また飲み比べするって言ってたのに…結局勝負つかないままになったじゃない。」
邸に行った際持ってきた割れた狒々の面からも、勿論返答はない。
「…妖怪にも永遠なんてない。この世には無限なんてなくて、有限だっていうのも分かってた。」
命ある者がいつか寿命を迎えるように。
作られた物がいつか壊れるように。
この世にあるのは限りある命だけ。
誰だったかは分からない。昔、そう、誰かに言われた。
「でも、アンタ達が散るのはちょっと早かったんじゃない…?」
少しだけ開いた障子の隙間からさわさわと夜風が紅葉の頬を撫でる。
立て掛けていた面がカタンと傾いた。
「ーーーーー………余計なお世話よ、馬鹿。」
静まり返る室内で聞こえた気がした空耳にぼやくように呟いて、ふんわりと髪を靡かせていた紅葉は障子の隙間から見える庭先の波一つない池を見つめていた。
『やっと身を固める気になったなら、今度こそ幸せにな…』
「牛鬼と同じ事言わないでよね……」
彼と共にいる事を選んだ。
立ち止まって彼の妨げにはなりたくない。
だから、立ち止まらない。
お疲れ、と心の中で呟いて立て掛けた面を懐にしまった紅葉は部屋を後にした。
end.
next story.
prev / next