D.gray-man | ナノ


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ドンッ…!!!!






大きなガラスが地に突き刺さり、辺りが静寂に包まれた。

それでもその視線は、俺じゃなかったーーーーーー











標本のように胸に突き刺さったガラスで動けなくなったヨリは両手をだらりとさせたまま、せり上がってきた血をごぽりと吐き出してほんの少しだけ首を持ち上げて自分の胸に視線をさ迷わせる。



やがて力を入れる事が困難となった首はゆっくりと横へ向き閉じ掛けの虚ろげな金瞳が愛する赤毛を捉えた。





「……………」

「ま、て…ヨリ……ヨリッ………待てよ、閉じんな…!!」

「……ぁ……、…」

「喋んな!ックソ!!ヨリ駄目だ死ぬな…!!」






情けない程震える声でラビが必死に言葉を絞り出す。
後ろでアレンが声を殺して歯を噛み締めているリナリーに息絶えようとするヨリの姿を見せまいと必死に片腕で彼女の肩を抱え込んだ。






「ぉ……、ご……め、」

「ヨリ!!!駄目だ…逝くな!!」

「…やく………、れ……な……」






震える瞼に耐えきれず金瞳から伝い落ちた雫がぱたぱたと地を叩き、ヨリの首がカクンと力を失った。
信じたくない光景、しかしヨリの背から突き抜ける硝子の刃から滴り落ちる真っ赤な赤が嫌でも彼らを現実に引き戻す。



ツゥ……、とその血が地面にたどり着いた瞬間、赤く発光した巨大な魔法陣がヨリを中心に広がり現れた。


古代文字で呪が描かれた陣。
原型なのか疑う程崩れた文字にヨリを失くしたショックで既に現状についていけなくなったラビが更に絶句した。






「…イ、ヴ、」

「ラビッ、ヨリが…!!」

「…イヴ……、神の、…む…いや、愛娘イヴ…………ここ、に…」






何となく見覚えある文字をいつかの記憶を引っ張り出しながら照合する。
刹那、空気を震わせるような凛とした声が耳朶を打った。






「読んでは駄目よ、Jr.」

「っ」

「口は禍の元というでしょう。言霊というものがどこにだってあるの。
それを読めばあの子は二度と生まれ変わる事はできない。」






ハッとラビが文字を読むのを止めると同時にざわざわと空気がざわつき始める。
這い上がるような何かに一同が困惑や警戒を浮かべる中、ヨリの真上に黒い影のような何かがうずまき始めた。






「ちっ、今度はなんだ!」

「…嘘」






梓が目を見開いてその影を見つめる。
そんなはずはない。彼女はもういないのだ。



…否、まさか。






「ガウェイン、」

『はっ』






黒く渦巻いた何かから2つの影が現れた。
1つは素早く飛びセシルへと一直線に向かい、セシルは咄嗟に手にしていたステッキ状の剣を引き抜くとガキィンッと金属同士がぶつかる音が響く。



その黒い影は背の高い黒髪の男だった。
筋肉質な首筋に六芒星の印がついている。






『主様の手を煩わせる者など万死に値する』






一方、もう1つの影はフワリと真っ直ぐ縫い付けられたヨリへと向かって手を伸ばしていた。


知り合いでは無いはずなのに既視感を覚えたその姿はーーーー



ーーー…目を黒いリボンで覆った、銀の髪の、…女、だったかも。






「ヨリ…無茶を…」

「テメェそいつに触れんじゃ、」







目を黒いリボンで覆った銀の髪の女こと、シエルは降り立ちながら噛みつかんばかりに殺気立つ神田を無視してヨリに刺さったガラスに触れる。
途端、さらさらと砂のようにガラスが音もなく砕け散り、魔法陣もふっと消えたと同時にシエルは支えを失ったヨリを優しく抱きとめた。


トンッ、と地を蹴ると一気にラビ達の傍まで跳び、ラビ達を隔てる壁に触れる。






「開けなさい」





バリンッ






甲高い音を立てて今までびくともしなかった結界があっさりと砕けると呆然とするラビの傍に寄り静かにヨリの身体を差し出した。






「アンタ……」

「貴方の元へ帰りたがってる」

「え…」






無言で差し出された愛する彼女の亡骸。
先程まで人としての暖かさがあっただろう身体が冷えていくのを理解して目頭が熱を持った。






「っっ…!!!」

「この子は貴方が全てだから、この子に取って貴方の元へ帰るのに死ですら邪魔でしかないの。本当はね。
ヨリ自身の本当の想いはJr.の元へ帰りたがってる。でも、受け入れられないのが怖くて帰らずにいる。」






シエルの言葉に隻眼の瞳を揺らしたラビがヨリを抱き締めながらぼんやりとシエルを見つめる。






「どう、いう…」

「Jr.はどうしたい?」

「え…」

「この子の死を受け入れる?」

「っ、」

「………抗う術があるなら、取り戻したい?」






淡々と続けるシエルの言葉にラビの左目が見開かれる。






「ヨリを取り戻したい?」

「…あ、るんさ…?方法が…」

「ある。正確には、今ならまだ間に合う。」

「………ま、だ……………」





まだ間に合う。



そう聞いたラビは未だ決断に踏み切れない。



本来感情の赦されない「ブックマン」として。
ノアを受け入れない「エクソシスト」として。


しかし、失いたくないそれは赦されない“本音”であり、唯一大切にしてきた赦されている“感情”なのだ。




「彼女がどんな姿でも、取り戻したいと思う?」

「え?」





ヨリの頭を抱え込むように大事そうに抱えるラビに何度も確認するようにシエルが念を押す。





「あの子はもはや普通に戻れない。イノセンスとノアを両立させる希少な子。
それでもあの子を受け入れる?」

「ぁ…」

「貴方の立場はあくまでブックマンjr.…ブックマンはそれを許す?」




ラビはハッと目を見開いた。
師から口酸っぱく言われている文句が脳裏を過ぎる。



ーーーーーブックマンに心はいらない。




「中央庁がこの子を黙認するとは思えない。
この選択をすることで下手したらあの子はまた死ぬかもしれない。貴方も死ぬかもしれない。」



中央庁は間違いなく黙っていないだろう。
彼女の言う通り、ヨリはまた地獄のような生活に戻るのかもしれないし、下手をすれば異端審問にかけられて処刑される可能性もある。
そうなれば許婚である自分もただでは済まないかもしれない。





「…も、」




でも。




「それでも…」






それ以上に過ぎったのはつい先程彼女の命の灯火が消えたあの瞬間の恐怖ーーー否、絶望。
彼女にだけ許された心。想い。
たとえ彼女がこれから起こるだろう過酷な運命が自分のせいだとしても。






「術があるなら、ヨリを、取り戻したい…!!」






失う事だけは、もう考えたくない。






「シエル!!!!!」







ヒュッ、と側で風を切る音がした。






ガキンッ!!






「あ…梓…?」

「なんでヨリの覚醒がなかなか始まらないのかと思ってたけど…アンタがこの子の中で邪魔してたのね…!!

この裏切り者…!!!!」

「…久しぶり、梓」






切先の鋭い剣を召喚した梓が憎しみを込めた瞳でシエルを見つめる。
その剣を太腿のホルスターから引き抜いた短剣で受け止めたシエルはグッと梓を押し返すと短剣を持つ手とは反対側の手のひらを躊躇いなく切り付けた。






「シエルッ」

「いいのよ、慣れてるわ」






パタパタと赤い血が生きているかのようにスルスルと地を這いずりラビとヨリを中心に見た事の無い文字で陣を作り上げていく。






「これでも、怒っているのよ」

「え…」

「貴方は知らないと思うけど1度ヨリは生きる宣言をしているの。そして歴代の『悲哀』がなし得なかった試練をヨリは何とかクリアした。
それなのに『絶望』を受け入れられなくて、あの子は死を選択した」

「どう、いう意味さ?」





赤く光る陣に何かが起ころうとしているのがわかる中、シエルの口元は小さく笑った。





「あの子に聞くといいわ。
貴方になら話すでしょうし。」

「っ、」






突如、血の気が引くような強烈な目眩がラビを襲う。
ヨリを手放さまいと腕に力を入れて抱え直すと身体に力が入らなくなった。

こんな場合ではないが、眠い。






「大丈夫、今からヨリのところに行ってもらうだけ」

「し、える…」

「……とっても貴方はそっくりなのに、彼と違うのね」

「ど、い…う…」

「ヨリが閉じこもっている過去の世界に行ったら真実を探して。それからヨリをどうしたいか決めればいいわ。
貴方が戻るまで、此処は私が守る。」






さぁ、行って。




その言葉が聞こえるかどうかのタイミングで、ラビはヨリを抱えたまま意識を落とした。















「ーー!!」






ハッ、と目を覚ますと先程ツェリがいたヨリが暮らしていた家の前だった。
朝日でキラキラとした日差しが入ってくるが生き物の気配は感じられない。



とにかく手掛かりを探さないと、と立ち上がりヨリの家の扉を押して中に1歩足を踏み入れた。






「!ツェリ!!」





だらりと椅子に座った紅い髪の女性にラビが近寄るがこちらの声など届いていないのか無反応だった。
静かに涙を流しながら空を見つめている。






「ツェリ、……って、あ、そうか、こっちの声は聞こえないんさな…」

「…、」

「?今何か言った…?」






微かに聞こえた音にラビが耳をすませる。
ツェツィーリアの口が、再び掠れた小さな音を紡いだ。






「Jr」

「!!」

「あの子を、助けて…」

「(オレに気付いて、る…?)」

「娘を、ヨリを、いつか来る『絶望』から救って…っ」

「(いや、これは…)」






ツェツィーリアのそれは祈りだった。
どこにいるかもしれない、自分へ対する届かない筈だった祈り。





「できればあの子にはただ静かに、jrと幸せになってほしかった…戦いも知らない、平穏な幸せ…」

「ツェリ…」

「私の子である以上避けられないものだとしても、本当は…。」






ぱたぱたと溢れる涙を拭いもせず、ツェツィーリアは独り言を続ける。






「ヨリの制御できない『絶望』が私に侵食してきてる…まだ制御が出来ないあの子と一緒にいれば…私はあの子を殺してしまう…」

「!!」






そう呟いてツェツィーリアは震える両手を見つめた。






「既にあの子を手にかけそうになった…もう、一緒にはいられない…」

「既にって…ツェリ!!ヨリは!?どこに行ったんさ!!」

「もっとたくさん話したかった…できるなら、あの子とjrが幸せになるのを見届けたかった…」







無論、ラビの声が届く筈もなく、ツェツィーリアはふらりと立ち上がった。







「せめて…あの子の、イヴの覚醒を遅らせて…あの男から隠さないと…」

「あの男って…ヨリの父親の事さ…?
ツェリはイヴの事も、ヨリがノアの一族だって事も、あいつの事も知っていた…?」

「jr…」

「!」






ツェツィーリアは涙を拭うと、まるでここにラビがいる事を知っているかのように続けた。







「ヨリの事を、どうかお願いします」






ツェツィーリアは首から下げていた皮紐のネックレスを懐から取り出すと奥のチェストに押し込んだ。







「気が付かなくていい」

「!」

「気が付かなくていいけど…許されるなら、母親の形見がいつか、どうかあの子の手に渡りますように」

「!!ツェリ!!」






小さく呟いたツェツィーリアはバッと走り出して部屋を飛び出していった。
咄嗟に追いかけようとする足をピタリと止めてラビは頭を振る。


シエルは真実を探せと言っていたがきっとヨリを追うことでその真実とやらにたどり着けるのではないかと根拠のない何かが言っている。
今はツェリではなくヨリを見つけるのが優先だ。







「…ヨリが行きそうなところ、か…。
あまり時間がない…片っ端から探すさ…」







高台の森にある家から下ったところに小さな街を見つけたラビは地を蹴って家を後にした。







To be continued…
→懺悔室

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