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「どーするよ…」
ひとまず崩壊のまだ来ていない場所まで避難した一行は上がる呼吸を整えながら今後の話を始めた。
「逃げ続けられんのも時間の問題だぜ。
伯爵の言う通り3時間でここが消滅するならさ」
「あと2時間レロ」
「どのみち助からないである!!」
心配そうにこちらを見つめるヨリを抱えたまま階段に座り込んだラビにレロとクロウリーが続く。
「…ロードの鍵、使うしかない。と、思う。
走ってるだけじゃ、多分間に合わない」
「ロードの能力っていう空間移動は僕らも身に覚えがあります。」
「うん」
「しゃーねぇってか」
「っち」
意見がまとまり、ヨリ、リナリー、チャオジー以外のメンバーでジャンケンをして鍵を開ける者を決めた。
「そこの扉に差して」
緊張した面持ちで建物の扉を見渡すアレンに階段に座らされたヨリが静かに一つの扉をゆっくりとした動作で指差した。
アレンがおずおずとその扉に近づくのを神田が苛立たし気に悪態つく。
「とっととやれよ」
「しかしアレン、ジャンケン弱ェな」
カ、チャ…
ボンッ!!
「おおっ」
鍵を回した瞬間音を立てて扉のデザインが蛾か蝶のような絵を中心としたポップな物に変わる。
鍵を懐にしまい、アレンは一同を振り返り裏向きに手を出した。
「絶対脱出!!です」
「おいさ」
「である」
「うん」
「ウッス」
アレンの手の上にラビ、クロウリー、リナリー、チャオジーが重ねていく。
壁に凭れるように体重を預けながらどこか温かくそれを見つめるヨリとその隣の神田にアレン達の視線が集まった。
「神田〜…」
「やるか。見るな」
「ですよね。ヨリは、」
「ヨリもやろ、ね?」
「………」
神田は腕を組んだままアレンの呼びかけをキッパリと拒否する。
ヨリはほんの少し表情を和らげるとアレンとリナリーの誘いに一度口を開きかけては閉じ、ゆっくり首を横に振った。
そして視線を逸らすように崩壊している方角を見やる。
「…早く進まないと。崩壊が近くなってる」
「…………」
壁に手をついてよろめきながら立ち上がろうとするヨリの腕を神田が掴んだ。
そのまま立ち上がるのを手助けしてもらう。
「…ありがとう」
「……あぁ」
するりと引き抜くようにして掴まれた腕を離してもらい壁に手を付きながらヨリは一人扉へと向かう。
「ヨリ、神田はいつもの事ですがせっかくですしやりましょうよ。ね?」
「―――……聞いた、でしょ。あたしはノアだって。
覚醒してないとはいえそれも時間の問題…あたしはもう帰れないし仲間じゃない。………ノアであるティキ兄様に言われた通り、上へ案内するだけ」
「っ…?」
ラビはヨリの言葉に疑問を覚えて一人静かに目を見開いた。
先程ヨリはティキの言う通りにしなくても上には辿り着けると自分には言っていた、なのに今は何故わざわざティキからの指示―――ノアとしての行動だと言わんばかりの言い方を?
「ヨリ」
アレンの誘いにグッと奥歯を噛み締めて呟いたヨリのすぐ側まで来ていた神田は静かに六幻を抜刀した。
目を見開くラビを他所にゆっくりと彼女の背後から六幻の刃先をその首元に宛がう。
「聞く。必ず答えろ」
「……」
「ユウ!!」
「神田!!」
「黙ってろ。
…ヨリ、お前が守ろうとしているもんはなんだ」
「っ!」
神田の言葉にヨリはぴくりと小さく肩を跳ねさせた。
扉を向いたまま動かないヨリの瞳に若干の動揺が浮かぶ。
「お前の言う通り江戸での戦いでお前がノアだというのは聞いた。
だが、あの様子だと恐らくお前はその前から知っていただろ。
お前自身、自分がノアだといつ、どこで知った?
中国での話も粗方聞いている。もしそこで知ったとしたら何故知りながらコイツ等を追った?
お前の腕ならコイツ等を殺すのは難しくねえはずだ。仲間じゃねぇと思っているなら、自分がノアだと思っているなら何故コイツらを殺さなかった?」
「神田、やめてください!ヨリはまだ…」
「黙ってろバカモヤシ。俺が聞いているのはコイツだ。答えろヨリ」
「…………」
ぎり…、と奥歯を噛み締めながら答えないヨリに神田は刃先をヨリからラビに変えた。
「えっ?」
「っ!!」
「神田!!」
「答える気はねぇんだろ。
仲間でもなんでもねぇならコイツを叩き斬っても構わねぇな、いい加減鬱陶しいと思っていたところだ」
何故自分に刃が向けられたのかとラビが理解する前に神田は刀を振り下ろす。ほんの少し神田の方が早いがそれでもホルスターに手を伸ばしたラビは槌を引き抜いた。
ガッ
「「「!!」」」
「……」
「っ…!!」
「な…ヨリ!!」
「っなん、で…ッ」
重い身体に鞭打ち即座に身を乗り出したヨリは素手で六幻の刃を受け止めた。
パタパタと六幻とヨリの腕に血が伝っていく。
「何で、ヨリ…!」
「………」
「…神田は、あたしを、理解してる。」
俯いたまま表情の見えないヨリはぽつりと小さくと呟いた。
「…本気で斬るつもりがないのも、分かってたけど、あたしがこうするって分かってて六幻を振り下ろしたんでしょ」
「本気だったがな」
「…何度あたしが神田と手合わせしたと思ってんの。本気じゃない時くらい分かる。
………でも、あたしを斬る時は、躊躇わないで、殺して」
「!」
「……答えになってねぇぞ」
「好きに解釈すればいい。それが答えで構わない。
でも、あたしの問題に他を巻き込まない方がいい。エクソシスト、少ないんでしょ。大事にしないと仕事増やす事になるよ」
「…ッチ」
苛立たし気に舌打ちした神田はヨリの腕を掴むと懐から細い布を取り出して六幻を掴んだ手の平にシュルシュルと巻いていく。
「言っとくが謝らねぇぞ」
「…それでいい、何なら手当もいらないから離して」
「俺は自分でお前を見極める」
「!」
「テメェの行動は矛盾だらけだ。仲間じゃねぇと言いながら甘んじて斬られようとするわ馬鹿兎を庇うわ、何を考えているのか分かりやしねぇ。テメェが答えねぇなら自分でお前をどうするか決める」
「考える必要ない、斬ればいい」
「うるせぇ、俺に指図すんじゃねぇ」
「………」
「言われなくてもテメェが妙な真似したら、望み通り叩っ斬ってやるよ」
「………うん」
「ヨリ…っ」
「……深くはないから、気にしないで」
もの言いたげなラビにどこか憔悴した顔でヨリはわずかに笑う。
きゅ、と細布の端を結んだ神田の鋭い視線ともうひとつ隠された視線には、気付かない振りをした。
キィ、と軋む音を立てながら扉を潜ると中は外観からは想像しがたい古い大きな教会の礼拝堂のような場所だった。
その中心は広く身廊だけでも端から端まで凡そ30m、長椅子を除いた中心通路で約15m、奥の祭壇まで凡そ50m程度、祭壇の後ろの壁には大きな十字架、フロアの中心に位置する天窓と上の出窓にはそれぞれデザインの違う大きなステンドグラスが備わっている。
この空間自体が異空間なので建物の中が普通とは限らないのだろうとアレンやラビ達が話している傍でヨリは目を見開いて硬直していた。
「……ヨリ?」
刹那。
バタンッ
ヴン…バチィッ!!
「!!?」
「ヨリ!!」
突如大きな音を立てて閉ざされた扉と隔離されるように半透明な壁のようなものがラビ達とヨリの間に現れた。
「…っ」
「ヨリ…!!」
触っても特に痛みはないが、お互い触れる事の出来ない壁にヨリとラビ達が動揺する。
「なんさ、これ…」
「結界…?」
「ごきげんよう」
「「「「「!!!」」」」」
ここにいない筈の声に全員の視線が上へと集まる。
「…梓…!!」
酷く憎しみを込めた地を這うような声でヨリが呟く。
祭壇の上、奥行きのあるステンドグラス窓の淵で梓が座り込んでこちらを面白そうに笑って見つめている。
「っ…」
「駄目さヨリ!!一人で戦うな!!」
「ヨリ!」
「ーーーーイノセンス、発動」
素早く腰のホルスターから華蝶風月を引き抜いたヨリは梓に狙いを定めて得物を放った。
大きくカーブを描き高速回転する華蝶風月は梓一点に向かっていく。
「ヨリ、江戸でのやりとりで学習しないほど馬鹿じゃないでしょう。
私に効かない事は分かっている筈よ」
「ゴホッ……っ第二、開放」
やれやれといったようにゆっくりと立ち上がる梓の言葉に耳を貸さず、苦しげに咳き込んだヨリは両手を翳す。
その指先からよく目を凝らさないと分からない程細いキラリとした糸が浮き上がった。
「纏、…炎糸招来」
「あら」
梓の横ギリギリをすり抜けた華蝶風月はヨリが引いた腕に合わせるように軌道を変えて梓を一周し繋がった糸で拘束するようにしてガッと壁に刺さった。
それでも笑みを絶やさない梓に凄まじい早さで炎が糸を伝っていく。
「焼き尽くせ…!」
「必死ね、ヨリ。
そんなに私をjr.に近づけたくない?」
「黙れ!!」
梓は笑みを絶やさないまま炎に呑まれる。
叫び声ひとつない火達磨にヨリは指先の見えない糸を力いっぱい引いた。
「
ギラリと銀色に鈍く光った糸はヨリに引っ張られるまま引き絞られると火達磨の梓から血が噴き出した。
千切れたように炎の塊からボロボロと身体の一部だったと思われるものが落ちていき、壁に刺さっていた華蝶風月が回転しながら引き寄せられるようにヨリの許へと戻っていく。
慣れた手つきで華蝶風月をキャッチすると低く身を屈めて梓の一部が落ちている場所――祭壇の方へと走り出した。
「ヨリ!!よせ!!」
「バカ野郎罠だ!!」
「「ヨリ!!」」
離れるヨリの背に放ったラビ達の声に聞こえないふりをしてヨリの足はまっすぐに祭壇へと向かう。祭壇を飛び越えるように大きく跳躍したヨリは目の前の床に落ちている焦げた塊ではなく身を捩って華蝶風月を遠心力に従って後方に振り切った。
ガキィンッ、と大きく金属のぶつかる音がする。
「学習しているようで何より」
「背後ばっかり狙うからでしょ」
傷1つ、火傷1つ無い梓の持つ細身の剣とヨリの華蝶風月がぶつかり小さな火花を散らせた。
華蝶風月で目いっぱい押し返して梓と一定の距離を保つ。
「私に勝てた事ないのにやるの?」
「今は分からないでしょ」
「覚醒もしてないのに、無理よ」
「え…?」
「知り合い…?」
会話から初めて会ったわけではない二人にラビ達が戸惑いを見せる。そういえば江戸で戦っていた時もヨリは憑りつかれたかのように真っ直ぐに梓へと向かっていた。
「jr.なら私の話くらい聞いているのかと思っていたけれど…あぁでも先日まで記憶が飛んでいたのよね、仕方ないか。」
「えっ…オレ…?」
「梓!!」
ラビ達に背を向けている梓は目の前に敵意むき出しのヨリがいるにも関わらず肩越しに振り返って小さな笑みを見せた。
「ヨリがクロスに拾われる直前まで、この子に戦い方を教えたのは私なの。」
「は?」
「私、もともとツェリとは古い知り合いなのよ。」
「ツェリ…って、ツェツィーリアの事さ…?」
「そう。」
「ツェ、ツィーリアさんって、誰ですか…?」
ラビの横でアレンが聞き慣れない名前を言いづらそうに小さく問いかけるとラビは梓から目を逸らさないまま答えた。
「…ヨリの母親さ」
「!」
ガキンッ!!
金属のぶつかる音にハッと顔を上げればヨリが華蝶風月で梓に斬りかかっているのを梓が受け止めているところだった。
「梓!!アンタの相手はあたしだろ…!!」
「相手ならしてるじゃない。jr.と他愛ない話をしているだけで」
「煩い…!雷羽!!」
素早く片手で刀印を組み呪を唱えるとパリッと空気が静電気を帯び、梓の頭上に稲光が走る。
直後、冷めた目でちらりとそれを黙認した梓に凄まじい雷が落下した。
ドォンッ!!
「随分と、攻撃が荒いんじゃなくて?ヨリ。」
「っ」
シュウゥ…と煙が立ち込める中数体のアクマが梓を守るように頭上で雷を受け止めていた。勿論、梓には傷1つ無い。
「アクマ…!!」
「……程々に遊んであげて。いい?絶対死なせないで。」
「ゴホゴホッ!!っ、は……は…」
「……まだ弱り切ってないから覚醒できないのかもしれない」
「はい」
「かしこまりました」
前に出てヨリと対峙したのはレベル2のアクマが2体。レベル3と思われるアクマが1体とレベル1のアクマが数体梓を守るようにして周囲を固めている。
咳き込んだヨリは口内にせり上がってきた血を吐き捨ててレベル2を睨んだ。
「ヨリ!!無茶よ!!」
「くっそ…!」
「ヨリ…!!」
「チッ…」
リナリーの悲痛な声とアレンやラビの焦る声が遠く感じる。
振り返る余裕はないが度々結界が弾くような音が聞こえるからアレンやラビ、神田が内側から破壊しようとしているのだろう。
クロウリーはちょめ助の血を分けてもらっているが戦闘用にとっておくように口酸っぱく言ってあるから直接戦うわけではない結界内では動けない筈。
「…梓」
「なあに?」
「…1つ約束して」
小さく俯いたヨリは華蝶風月の中心の輪を指で引っ掛けてくるくると回す。
沈黙を返す梓に続けて良いと捉え、パシッと華蝶風月を止めたヨリはゆっくりと続けた。
「あの結界、梓がしたものでしょ。」
「えぇ」
「「「「!!!」」」」
「…つまり、彼らに危害をくわえるつもりはないって事でいいの?」
「えぇ。ティキ達は知らないけど少なくとも私は貴女が目的だから、彼らに危害をくわえるつもりはないわ。
私が基本的に平和主義なの知ってるでしょ?」
「基本的に、ね…」
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