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それは、ここ最近の夢とは違っていた。
「はっ…ぐ…ぅ……!」
苦しい。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
気道を圧迫され、十分な酸素が取り込めない。
霞んだ視界で視線を彷徨わせると、目の前にいる人物と目があった。
疲れ切った眼は虚ろで、無機質なガラスのような翡翠の瞳がやけに印象的だった。
暗くてよく見えないが、セミロングヘアをしたその人物は緩める事無く自分の首を締めていく。
首を締めている両手を必死に掴んで抵抗するが、如何せん身体の大きな相手の方が力が強い。
自分の力ではびくともせず相手の顔に片手を伸ばす。
…否、自分が小さいらしい。
伸ばした手は幼子のそれで、目の前の人物の顔にすら届かなかった。
「っ………」
伸ばした手を再び首元に戻し、必死で抵抗する。
「っは…………や、め………!」
「…………ーーーーーーー」
「!?」
相手の唇がゆっくりと動き、思わず霞んだ視界でそれを見つめた。
相手が声に出したか定かでは無いが、その唇の動きは確かに読み取った。
読んで、しまった。
「ぐ……、………ぁ………ま………っ」
思考が停止し意識が遠退きかけた頃に塞がる気道から自然に絞り出された声は、本当に無意識に出た物だった。
掠れて言葉にすらならなかった音。
それでも、目の前の人物は自分の口元を見て虚ろだった眼を見開いた。
「…!」
「っ、は!…げほ、ゲホッ………はぁっ……」
突然首を解放し、急激に取り込んだ酸素に噎せながら必死に呼吸のリズムを取り戻そうとする。
「はっ………ケホッ………、……?」
「あ…………あ…………」
目の前の人物は今まで自分の首を締めていたその両手を見つめ、信じられないというように呆然としながら震えていた。
「…、え……と………」
「っ!!」
まだ少し掠れている声で言葉の音を紡ぐとハッと顔を上げた相手はゆっくりと自分から離れるように後退った。
「っな…んて…………こと………」
「…え、……?」
「近付かないで!!」
「!!」
はっきりと拒絶を露わにした相手(声からして女性だろう)は先程と違い怯えた眼でこちらを見ていた。
「こちらに、来ないで」
「あ…………」
「…っ………いき、なさい…!!
お前はーーーー」
ずっと遠くを指差しこちらを睨みつける。
雫を溢した翡翠の瞳は、今までに無い程自分を激しく拒絶していた。
悲哀しく感じ取れたのは相手のその瞳からなのか自分の心からなのか、分からない。
暗い部屋の中、差し込んだ月明かりが紅髪を照らしていた。
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