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ドンッ!!
「ラビッ…アレン…!」
「奴ら、ゴキブリ並にしぶといからまだ生きてるかもしれないわ」
「っ貴様…!」
先程フランツを引きずっていたのとは打って変わり、身動きの取れないヨリを大事そうに抱えているエリアーデはとある一室のベッドにヨリを下ろした。
「乱暴な真似してごめんなさいね」
「は、」
「知ってたら、ヴァルキリーの男に声かけるつもりは無かったんだけど」
「…は?ヴァルキリー?」
「そう、北欧神話に出て来るヴァルキリー。貴女の事よ。」
聞き慣れない言葉とエリアーデの柔らかい雰囲気にヨリが困惑する。
「…何の事か知らないけど、あたしはヴァルキリーじゃない。」
「いいえ、ヴァルキリーよ。」
「…ヴァルキリーじゃない。あたしはヨリだ」
「そう、…ヨリ、ね。
まぁ今はそんな事どうでも良いんだけど。
…ねぇ、あの赤い髪の可愛い坊やは恋人?」
「……ラビの事?」
「そんな名前だったかしらね、眼帯の、ヴァルキリー…貴女に必死に謝っていた彼よ。
見る限りだと貴女のものなのよね?」
「………ヴァルキリーじゃない。
それに彼はあたしのもの、なんじゃない。」
「?」
ヨリは縛られた身体のままエリアーデを見上げる。
「あたしが、彼のものだ」
「……ふふ」
至極真面目に返した言葉にエリアーデは少し間を置いてクスクスと笑い出す。
純粋に楽しそうなエリアーデの表情にヨリは一瞬見惚れつつも、怪訝そうに目を細めた。
「それ、結局同じ事でしょ?」
「同じ事…?」
「あの子は貴女の男で、貴女はあの子のものって事」
「…違う。」
「恋人同士なんでしょ?
じゃなきゃ、あの赤毛の坊やはあんなに必死にならないわ。そんな言い方すると怒られるんじゃない?」
「……………」
「…私の知る恋人同士というものなら、そういう事。
・
ーーやっぱり、貴女も綺麗ね。」
どこか寂しそうに笑うエリアーデにヨリは目を見開いた。
「話に付き合ってくれない?っていっても時間無いから少しだけ」
「………これ、外して。逃げないから」
身体に巻き付いている糸部屋にある引き出しから取り出したナイフで切ってもらう。
自由になったヨリは強張った手首や首をストレッチして自分より少し高い椅子に腰掛けたエリアーデを見上げた。
「…で、話って?」
「…私ね、綺麗になる事が好きなのよ。
皆『綺麗だ』と褒めて近付いてきてくれるから。
でも、ひとつ、どうしてもやってみたい事があったの。私には無理なんだけど。」
「……………?」
脈絡の無い言葉にヨリは首を傾げるも、口を挟む事無くエリアーデの声に耳を傾ける。
「どんなに劣っている女でも、それをすると眩しいくらい『綺麗』になるの、貴女もそう。」
「…あたしもしている?」
「えぇ。
……実は昔、私ヴァルキリーと会った事あるの。
だからいきなりこんな話を貴女にしてるんだけど。」
「は?あたし?いつ?」
「多分、…貴女は知らないわ。」
エリアーデの言葉に引っ掛かりを覚える。
彼女と話しているのは自分の筈なのに、彼女はまるで違う誰かと話しているような。
「私に『それ』を教えてくれたのもヴァルキリーだったわ。
あの時のヴァルキリーも、今のように輝いていて綺麗だった。」
「……?」
「…それをすると、人間の女は特別輝いて、一番綺麗になるの」
初めて聞く筈なのに、聞いた事がある言葉。
ザザッ、とヨリの脳裏に覚えの無い記憶が映像のように流れた。
「綺麗になる事は好きよ。でも、アンタみたいに一番綺麗になれないわ。」
「私が一番綺麗かは分からないけど…貴女もなれるわ。
『 』を知って。
それは貴女を壊してしまう人だろうけど、それでも貴女は幸せを感じる事が出来るわ。
幸せで満たされると、綺麗になれるって事なんじゃないかな。」
「…それってお得意の預言?」
「直感、よ。
綺麗かどうかは知らないけど、貴女の言う一番綺麗に私が当て嵌まるのなら、私は“生まれる前に彼に出逢えた”事自体が、幸せだから。」
「…何言ってるの、変な子。」
姿は見えないが隣にいる女性と話している、自分。
自分と言っても、声は自分のそれより少し高めなので自分ではないのだが。
台詞の一部だけ切り取られたかのように音が聞こえなかったが、不思議と自分は知っているような気がした。
「……それは『誰かを愛し、愛される事』?」
ポツリと呟いたヨリの言葉にエリアーデの目が見開かれる。
それを見て、ヨリもハッと我に返った。
自分でも良く分からない。
自然と口から零れたものだった。
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