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肌寒い空気にふ、と目を覚ませば窓から見える外はまだ薄暗く、夜明け前だった。
あれから一年が経ち、教団の生活も大分慣れてきたと自分では思っている。
ただ、コムイ率いる科学班とリナリーは表に出ない自分の感情を憂い悲しんでいた。
意外にも仲良くなった神田もその点は気にしている様子でもある。
もはや、いつ無くしたかも自分で分からない。
中央庁にいた時か。
はたまた、それより前なのか。
起きるには少し早いが、静かに起きたヨリは自室の風呂場でシャワーを浴びる。
彼らが生きているという情報以外は、あの一年前以降入って来ていない。
世界を渡り歩く彼らだ、上手く姿を消してしまうのかもしれない。
ヨリはお湯を水に切り替えて、頭から被る。
“彼”はもう、自分の事など忘れている。
否。彼らの職業柄、忘れるという表現はおかしい。
棄てた。
確信に近い応えを導き出して、冷たいシャワーの中一人自嘲気味に嗤う。
感情が無いのだ。口元を吊り上げた、が正しい。
自分の立場も、自分の事も、棄てられていたら、自分は何の為にここまで来たのだろうと一人疑問を感じた。
その応えはない。答えもない。
ただ、自分は彼に一目会いたいだけなのかもしれない。
濁っていながらも揺れていた瞳をゆっくり閉じる。
シャワーの栓をキュッと締めた。
今の彼を見たら、仮に棄てられても、後悔はしない。
そう思って開いた瞳は、やはり濁っていた。
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朝から神田と任務に入っていたヨリははた、と夕方になっている事に気付いた。
「おい、行くぞ」
「あ…うん」
アクマの残骸を背に、収穫無しの任務を終えればジリリリリとヨリのゴーレムがベルを鳴らし出す。
神田とアイコンタクトを取り、近場の宿にある公衆電話を借りてゼロに繋がっている通信ケーブルを繋げる。
「はい、ヨリです。」
『ヨリ!?』
「、コムイ?」
あぁそういえば彼に対する話し方も慣れてきたな、とぼんやり思いながら応答する。
『今日近場だったよねっ?』
「?うん」
『今どこ?もう帰って来てる?』
「今終わったばかりだけど」
『ならすぐ帰ってきて!!早く!!』
「…はぁ、」
意図が分からないまま通信が切れる。
特に指示もないので神田と帰還で問題ないだろう。
「コムイか?」
「うん、でもあたしに早く帰って来いって言って切られた」
「…とうとう頭も逝ったか」
「さぁ…」
そして二人は現場検証の為に残るファインダーを残してその場を後にした。
報告書は自分が書く、と申し出て神田を部屋に返したヨリは歩きながら器用に報告書を書き上げる。
コムイの部屋の前まで来て、最後の文を書き終えたヨリはノックをしてゆっくり開ける。
カチャ……
「コムイ、ついでに報告書……」
「…………」
バサ、と手にしていた報告書が落ちた。
自分の目がこれ以上無い程見開く。
「………………………」
遠い記憶となった、鮮やかな、燃えるような赤。
書類が落ちた音に反応して振り返った彼もまた、自分と同じように眼帯をしていない左目を見開いていた。
へなへな、と足の力が抜け扉の前で座り込む。
視界の隅にいるコムイともう一人の影など、気にしていられなかった。
「…jr.……」
は、と急に我に返る。
朝考えていた事だ。
もし、彼があたしをーーーー…
考えが辿り着く前に、身体は部屋を出て走り出した。
部屋を出る瞬間、彼が何か言った気がしたけど分からなかった。
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