親の仇。
そう一言で済んでしまえばどれほど楽だったかなんて知るにはまだ俺は幼すぎて。
目が合うだけ。
同じ空気を吸っているだけで苛ついた。
なんて無茶な話だ、なんてわかってるっつの。
俺も奴も人間。
目が合う云々は置いといて、お互い人間なんだから空気吸わないと生きていけない。
子どもですか貴方は。
これは愚痴った時に陸遜に言われた言葉。
餓鬼みたいな事だとは思ってるけど、やっぱり俺としては腑に落ちない。
「まーた何か考え込んでんのかよぉ、凌統」
腑に落ちないのはそれだけじゃない。
それは、奴の性格。
まあ一言で言うと、凄い良い奴。
認めたくないけど。
だからこそ俺が大人にならなきゃいけないのはわかってる、つもり。
でも、つい奴と父上を天秤に掛けてしまう。
父上の事を考えると、憎悪しか感情が無いんじゃないかって程俺は汚れる。
俺ってあんまり顔に出ない方なんだけどこの時ばかりは凄いと思う。
もうモロに憎んでます、みたいな感じでね。
でも奴の事を考えるとやっぱり良い奴だし、仲間として信頼出来る…と思う。
武は俺よりかも遥かに凄いし、何より大きい。
いや身長って話じゃないよ?
奴の器っていうか、性格って言うのかねぇ。
とにかくでかいんだ。
こんなに奴の事憎んでる俺でさえその厚い胸板で泣いて全てを吐き出したくなる。
「凌統ー。無視すんなって」
「でもやっぱり………って、うわ!か、甘寧っ!」
「んだよ、さっきから呼んでんのに無視すんな」
まさか本人が来るとは。
ていうか武将のくせに人が来た事に気付かなかったなんて。
「またネチネチ考え込んでんのか、この根暗」
「っ誰のせいだと…!」
「俺だろ?」
簡単に言いのける奴に多少の苛つきを覚える。
奴は奴で超お気楽な顔して笑ってて、やっぱり俺が餓鬼なのかなあなんて思ってしまう。
「…何の用だよ、こんな時間に」
そう、今はもう太陽なんて沈んでて月が顔を覗かせる時間。
いつものように眠れなかった俺は城の中をぶらぶらと歩いていたんだけど、つい考え事で壁に背中を預けて座り込んでいたのだ。
「眠れねぇんだろ?」
「それが何か」
「俺も」
「あっそ」
「海、行かねぇ?」
は、?
急に何を言い出すんだと言わんばかりの俺の顔。
こいつは本当にわかってるのか。
誰のせいで眠れなく、誰のせいで悩んでて、誰のせいで辛いのか。
「……なんでまた」
「海が好きだからな。昼の海も良いが、夜の海もなかなか良いぜ」
「―――――……」
唖然。
今の俺はまさにそれ。
そういう事を聞いてるんじゃないっての。
放っておけば良いだろ、俺のことなんて。
だって自分の事殺そうとしてる奴を海に誘うか?
普通は誘わないし、そんな奴が居たら見てみたいくらいだっつの。
って、あ、ここに居たか。
「………あんた馬鹿?」
取り敢えず全部ひっくるめて言った一言。
やっぱり甘寧はそれを気にすることもなく、海はなーとかなんとか語り始めてる。
「…良いのかい」
「何がだよ?」
「あんたは俺の親の仇だってことだっつの」
多分それは、自分に言い聞かせた言葉でもある。
「前にも言ったろ。敵は斬る、仲間は守るってな!」
ニッと裏表のない笑顔は俺にとっては眩しくて。
やっぱり、大きいなって思ってしまった。
いや、身長って話じゃないよ?
ってもうそれは言ったか。
とりあえず不覚にも感動を覚えてしまった俺は、数日後には甘寧と和解したとかなんとか。
まあ俺もその厚い胸板で泣いて全てを吐き出してみようかなあなんて思ったりもしてるんだ。
親の仇。
そう一言で済んでしまえばどれほど楽だったかなんて知るくらいには俺は成長出来たと思う。
あなたがそうして笑うから
(たぶん、俺は救われた)
了
タイトル バイ 夜風にまたがるニルバーナ様