02




「本当何なの―!!ちょっと、昨夜から変わり過ぎじゃない!?俺、心臓もたないんだけど!」
調子を崩されっぱなしで、いつもの軽口を利き切れずに身悶える。
「悶々と格闘していたこの五年間がひっくり返った感じ。夢でも見てるのかと疑いたくなるよ」
不安が過って思わず留三郎を見上げる。
「んな顔すんなよ。夢じゃ無ぇし嘘でも無ぇ」
そう言って、目を細めて安心させるように微笑む。
「ただ、自覚しただけだ。…いや、本当は前から無意識に目を逸らしていただけで、認めたくなかっただけで、ずっと…ずっと在ったのかもしんねぇな」
何処か探るような瞳で俺を見つめる。
「認めちまったら、残りの学園生活に支障が出るだろ?三禁然り、プロ忍に成る為に此処に居る俺たちには邪念や煩悩は要らない。それは隙になるし弱味になる。それに…」
そこまで言うと、すぅっと一度小さく息を吸う。
「それに、恐怖になる」

“喪う事が”

と、言葉にされなくても十分に解った。
それは、留三郎が実習に出る度に俺自身が嫌という程味わって来た事だ。
いっそ恋情をすっぱ抜けたら、もっと覚悟を持てるだろうに。
もっと心掻き乱れずに帰りを待つ事が出来るだろうに。
信じて、応援だけをしていられただろうに。
と、そう何度も何度も思っては恐怖に押し潰されそうになったから。

「うん、分かるよ。でも…それでも、認めてくれてありがとう」
この男の真っ直ぐ過ぎる誠実さが堪らなく愛おしくて、抱きつく。
「―――あたッ!」
…腰部の鈍痛を忘れていた。
「ははっ、色気もへったくれも無ぇな手前は」
「お〜、俺もしみじみ痛感したわ。深刻な雰囲気が台無しだ!」
あはははっと、お互い照れの混ざった笑顔を零す。
そうしながら、留三郎が俺を抱きしめ返す体制で腰部を擦る。
「そんなに痛てぇなら、今日は休んでもう一日延ばせよ」
にやっと、悪戯を思いついた子どもの様な笑みに変化した。
「そうしたら、今夜も抱いてやる」
続いた言葉に、ぶほっ!と思わず噎せる。
「ちょっ、そしたら延々と繰り返しじゃね?」
きっと茹で上がった位に真っ赤だろう顔を誤魔化したくて茶々をいれた。
「あぁ、そうだな。…そうして、ずっと延びればいいんだ」

すとん、と落ちた声音。
愁いを孕んだ、淋しそうな語尾。
言外に“行くなよ”と言っているのがひしひしと伝わって来た。
ぎゅうううっと、俺を抱きしめる腕に力が込められる。
つられてジンと、胸に広がるものがあった。

「なぁ留三郎、もしも、もしもだよ?もしもお前が卒業して、その時…その時になってもまだ俺を忘れないでいてくれたら…」
“好きでいてくれたら”とは、言えなかった。
今の幸福が恐くて、とても儚く曖昧なものだと感じていてどうしても言えなかった。
この臆病風は、気が付いたからと言って今日明日で治るものではないらしい。
そうこう考えている内に途切れさせてしまった言葉は、俺の勇気共々ぷつりと途切れたようで、なかなか続きを吐き出せなくなっていた。唇が戦慄いて、続きが出てこない。
「あぁ、」
と、優しく相槌を打って留三郎が先を促す。
それに勇気を貰って続きを紡ぐ。
「俺を…忘れないでいてくれたら…」
じわり、と目元が湿る。



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