02




「心配掛けてごめん、もう全部済んだよ。“隠し事”の事も、ちゃんと今から話す」
そう言って居住いを正すが、視線は所在無さげに畳に落ちた。
「こちとら手前に何かあったんじゃねぇかと気が気じゃなかったんだぞ。分かってんのか」
叱る様に問う。
「ごめんなさい」
俺は素直に頭を下げた。
すると、

「…お帰り、陽」

と、詫びる俺の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「―っ、」
不意打ち。
完全な不意打ちだった。
咄嗟に顔を上げると、ふっと肩の力を抜いた留三郎が優しい瞳で此方を見ていた。
そんな瞳で見つめられたら、そんな優しい手で撫でられたら…涙腺がまた緩んじゃうじゃないか。

「…お前の手は不思議だな」
涙が零れてしまわないように瞳を瞑って、頭上を行き来する温かい掌に想いを馳せる。
「留三郎の手は不思議だな。文次郎とやり合う時の武骨な手と、籠を修理したり後輩を抱く繊細な手が同じだなんて不思議だよ」
そう言って頭上にある手を取り、眼前へと持って来る。
「何処までも強く在ろうとする手。そして、何処までも慈愛に満ちた手だ」
ちゅぅ、と、ささくれの残る指先に唇を落とす。
びくっ、と留三郎の身体が強張った。
それが、指先から俺の唇にも伝わる。


「俺はお前のこの手が…ううん、それだけじゃない。留三郎が、好きだよ」


ぎゅっと手を握り、渾身の想いを詰めて届ける。
「…陽」
ほんの少し、緊張に掠れた留三郎の声が届いてきた。
「いきなりごめん。いや、今までごめんって言った方が良いのかな?」
くすり、と苦笑を浮かべると「どういう意味だ?」と、緊張とは別の、硬い声で問われた。
「えっ?」
急に留三郎の周りの温度が下がった気がした。
何処か怒気が含まれるような、戸惑っているような、そんな硬い空気。
「今までごめんって、どういう意味だ」
ぐっと、逆に今度は俺の左手首を捕まえられる。逃がさないとでも言うように。
「…今まで追いかけ続けてごめんねっていう意味。もう困らせたりしないから」
はははっ、と空笑いを浮かべる。
覚悟は決めていたつもりだったけど、やっぱり結構な痛手だ。
痛い、痛いよ。
心が
痛い。

思わず俯きそうになった俺の手を、ぐんっと留三郎が乱暴に引く。
「うわぁっ」
思わず前方に倒れ込み、慌てて空いていた右手を畳に着いた俺は、左手だけを捩じり上げられ四つん這いになっている格好で相手を見上げた。
留三郎は片膝立ちになり、更に自分に近付けるようにと俺の手を引き上げる。
「違ぇよ、」
低い声音でそれだけを呟き、射貫くような視線を投げる。
その双眸と視線がぶつかった。
そうかと思うと、情けなく這いつくばっている俺の腕の下に自身の腕を差し込み、腰に回したかと思うや否やそのまま引き上げられる。
喩えるなら、幼い子が背丈の変わらぬ幼い子を抱っこしようとしている様。
上半身を起こされた膝立ち状態で、ズズッと留三郎の方へ引き摺り寄せられた。
ほとんど密着するような距離で俺は留三郎の肩に手を置き、やっと均衡を保てる姿勢に持ち直す。



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