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「で、その“伊作先輩”たちの部屋から出てきたって事は、あいつ等実習から帰って来てるって事だよな?でも、どうしてお前が二人の部屋から出てきたんだ?しかも夜着のままで」
ふと思った疑問をそのまま口にしたら、彼が一瞬瞳を揺らし、少しだけその瞼を伏せた。
「昨夜、偶然山中でお二人に遭遇したのです」
何処か言葉を濁すように紡ぐ。
「あれ?五年も実習・・・」
だったっけ?と言おうとして、俺は慌てて言葉を飲み込んだ。

そうだ、こいつは既に任務を任されているんだったと思い出した。
うん、言えない事もあるもんな。だったら夜着のままなのにも納得は出来る。
夜着で自室まで帰らないといけない程に装束が駄目になったという事を暗に図ることが出来た。
「じゃぁそのまま仲良くお泊りしたってわけだ。二人はまだ寝てんの?」
嫉妬心が薄れたと自覚した途端、逆にこいつ等の関係図が微笑ましくなりそう尋ねた。
けれどそんな俺とは真逆に、沈痛な面持ちで唇を開いた彼の言葉に、俺は耳を疑った。

「・・・いえ、中でお休みになられているのは伊作先輩だけです。食満先輩は―――」



その後の言葉を正しく聞けた自信なんて無い。
何処まで何を聞いたかも覚えていない。



それ程までに俺の頭は真っ白になり

(―――留三郎ッ)

その言葉だけが呪(まじな)いのように胸中で暴れた。
心拍数も心音も肥大し、さほど暑くもないのに汗がぶわっと吹き出す。
それとは反対に頭のてっぺんからつま先まで氷柱で串刺しにされたように冷えていった。
感覚が無くなる。
ぐわんぐわんと、後頭部を強打したような衝撃が全身を駆け抜けた。

何処かに蹴躓こうが足が縺れようが一切気にせず、俺はただただ留三郎の居る保健室に駆けて行った。

―――ガタンッ!!バンッ!!

勢い余って盛大な音を上げた保健室の戸の中では、驚いた顔でこちらを凝視する新野先生が居た。
「六年は組の日向君、病人が居るのですよ。もう少し静かにお願いします」
普段温厚な新野先生は、戒めるように静かに俺を見る。
「―ッは、はぁはぁ・・・っ、ご、ごめん、なさい」
全速力で走ったものだから呼吸は乱れ、切れ切れに謝罪する。
「大丈夫ですよ、食満君は無事です。それに、今はもう落ち着いていますから」
にっこりと微笑んだ新野先生は安心させるように小さく二度頷くと、俺に入室を促した。
それに従いのろのろと入室して戸を閉める。

―――パタン

その戸の閉まる音が酷くはっきりと響き、室内の静寂さが恐かった。
密室になった途端、むわっと満ちた薬草の臭いに足が竦みそうになる。
(留、留、留三郎)
俺は祈るように、胸中で何度も名を呼ぶ。

「此方にいらっしゃい」
新野先生が立ち竦む俺を促すように微笑んでくれた。
恐る恐る留三郎が眠っているであろう衝立の奥に足を進める。
衝立を越した先に見えたのは、浅いけれど規則正しく呼吸を繰り返して眠る留三郎の姿だった。
そこらじゅうを包帯に巻かれ、時より呻く様な声を上げて痛さに耐える姿を見せるものの、ちゃんと生きた、温度のある留三郎の姿があった。



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