01
右側のぬくもり 今は夕餉も済ませ、就寝まで各々が自由に過ごせる時刻だった。
俺は鍛錬にでも行こうかと部屋を出ると「文次郎、鍛錬に行くのか?」と捕まった。
「あぁ。お前は今帰ったのか?」
俺に声を掛けて来たこいつは、六年は組の日向陽。
実家が農業を営み、そこの長男であるこいつは毎日終業後に、学園からそう遠くない場所に在ると言う実家へと手伝いに赴く。
ほぼ毎日のように終業から就寝近くまで帰るくらいなら、いっそ実家から通ったらどうだ?と言った事もあるが「そんなの淋しいじゃ〜ん。長屋に居れば遅くとも就寝近くからは皆と居られるんだし、その方が楽しいじゃんか!」と甘ったれた事を抜かした。
「軟弱な事言ってんじゃねぇよ」と間髪入れずに小突いた俺に、陽は何処か楽しそうな顔を寄こしたものだった。
「家業は忙しいのか?」
そんな事をふと考えつつも、微かに疲れの色を見せている陽の目の下に視線を移すと、俺の視線を追うように目の下を擦り始めた。
「バカタレ。擦ってもどうにもならん」と、その手を阻む。
「擦ってどうにかなったら、文次郎の酷い隈もどうにかなってるはずだもんな」と、からかいを含む笑みを浮かべてカラカラと笑った。
「てめぇ、言わせておけば」
掴んだ手に微かに力を込めて引っ張ると「ごめんって文ちゃ〜ん」と苦笑を浮かべ、引かれるままに身体を預けて来た。
俺と三分程度の身長差しかない為、真正面から素直に預けられると頭突きをするような形になる。が、ふらりと身体を除けて、陽が俺の右の肩辺りに頭を垂れて少々つっぷした。どうやら見た目以上に疲れているらしい。
「文ちゃん言うなっ!!」と一応怒鳴るも、つい小さく嘆息が漏れた。
「さっさと風呂入って寝ちまえ」
右肩に感じる、じんわりとしたこいつの体温と重みに無意識に意識が集中する。
ここに突っ立てるわけにもいかんし、こいつの部屋まで届けてやるかと思案した矢先
「留に会いたい〜〜〜」
と抜かしやがった。
言うに事欠いて今、この状況で、あのアヒル野郎の名前を出すのか貴様は!!
「貴様…人の情けを踏みにじりおってバカタレィ!!」
怒り心頭した俺は、陽の腰に腕を回し担ぎ上げ、そのまま踵を返すと伊作たちの部屋を乱暴に開けた。
スパァンッ!!
と、小気味良い障子音が響く。
驚いてこちらを見上げたアヒル野郎に構いもせずに陽を放った。
「うわっ」
と、気の抜けた声を上げる陽と
「痛てぇッ!なにすんだ糞文次!!」
降って来た陽に圧し掛かられた留三郎が歯を剥く。
ついでに「えっ、何、どうしたの?」と、一連に驚いた伊作が衝立越しに顔を出した。
「ふんっ」
俺は鼻で嘲笑するようにそれだけを言うと、再びバシン!と障子を閉めた。
口を開けば「留三郎、留三郎」と煩い陽が癪に障る。
どうしてこんなにも苛立つのかが分からない事こそが、俺に最大の苛立ちを与えた。
「くそっ、すっきりしねぇ」
もやもやと燻る形容しがたい感情を持て余して、俺は裏裏山へと足を速めた。
右側のぬくもり
(―――だけど、あいつの体温が右肩から薄れる事はなかった)
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