02




「…ちょっとだけ、浮いています。一応」
虎若がしどろもどろに状況を教えてくれる。
「一寸も浮いて無いですけどね」
三治郎が満面の笑みで辛辣な事を言った。

そりゃそうだ。俺と先輩の身長差は三分の差程しかない。言っておくが、そのほんのちょっとだけ俺の方がでかい。
先輩には悪いけど…この状況、堪らなく可笑しい。物凄く顔を赤くして俺を抱き上げる先輩が、堪らなく可笑しく、可愛くも思えた。

「…ぶっ、ぶはははははっ!!」
堪え切れなくなった俺は盛大に吹き出した。
その振動で限界だったのか、先輩が俺を離し脱力をする。
「笑い過ぎ。でも、お前でも持ち上げられるって事には変わりないだろ〜」
不服そうに唇を尖らせた先輩が、腹を抱えてかがむ俺をねめつけた。
「別に、先輩の力を侮ったわけじゃないっすよ」
目に浮かんだ涙を拭って体制を上げると、先輩の背後に呆れ返った孫兵が佇んでいた。

「竹谷先輩、掃除が終わりました。と、言いに来たんですけど…何をしているんですか」
はぁ、と小さく溜息を吐いた孫兵が、俺と日向先輩を順番に見遣る。
「お〜孫兵!今な、俺と後輩たちとの親睦を深め合う会開催中だったんだ!」
日向先輩が太陽の様な笑顔で孫兵に答えた。
…何時からそんな会に変更になってたんだ?
先輩が突拍子もない事を言うのはいつもの事なんで、俺は笑いを噛み殺して頷く。
「という事で、皆とぎゅうぎゅうしたから、孫兵ともぎゅうぎゅうするぞ!」
そう言ってにんまりと悪戯っぽく笑った先輩が、じりじりと孫兵に歩み寄る。
危険を察知した孫兵が「こ…来ないで下さい」と後ずさった。
「つれない事言うなよ〜」と、両の掌をわきわきと動かし更ににじり寄る先輩を、孫兵は自身の首に鎮座するジュンコにしがみ付き頬を引き攣らせた。
「僕は遠慮します!」
そう一言叫ぶのも束の間、孫兵は脱兎の如く踵を返すのが精一杯で、先輩に背後から抱きすくめられる。
ぎゅっと一度抱擁すると、先輩はパッと何事も無かったように孫兵を解放した。

「ん〜、少しずつ俺にも慣れてくれると嬉しいな〜」
吃驚して振り返った孫兵の頭を、先輩は柔らかく微笑んで撫でた。行ったり来たりと数度、落ち着かせるように優しく。

孫兵はあまり人が得意ではない。
毛嫌いと言うわけではないが、それよりも毒虫や生物たちに愛情を注ぐ。
それ自体に悪い事など一つも無いのだが、理解し難い連中からの中傷や非難により、更に人への関心を削がれていた。
それでも俺たち生物委員会や同学年の間では多少交友はあった。
それは入学当初の孫兵を思うと物凄い進歩であるし、それだけ心を開いてくれたという事になる。
そこまで孫兵を成長させたのは、この強引な親睦を図りつつも、決して本当に嫌がる所までは踏み込まない先輩と、俺の同級の友人のお陰であった。

「…別に、先輩が嫌なわけではありません。ただ、この強引さが苦手なだけです」
頭の上を行き来する手を甘受する孫兵が、ふいっと視線をそらせてそっぽを向く。
背かれた事により露わになった耳朶が、ほんのり赤い事に先輩が微笑む。
「やっぱ俺って強引なのかな〜。小平太程ではないと思うんだけどな。でも、留三郎にもしょっちゅう怒られるから肝に銘じるよ」と、くすくすと笑みを零して孫兵の頭から手を退けた。

「さ〜て、今日は久々に委員会に顔出せたし、皆で団子食いに行かねぇ?俺、驕るよ」
にやっと笑った先輩に一年生たちが喜んで飛び跳ね、孫兵も「…行きます」と珍しく同意した。
「ご馳走になります日向先輩!」
例に漏れず俺も同意した。
「じゃぁ、小松田さんとこに外出許可貰いに行こう」
と、意気揚々と歩き出した先輩の背中を、数瞬だけ俺は見つめた。


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