02
「一気に静かになったな」
くつくつと喉の奥で笑い、私の隣に腰を下ろす。
「寒いなぁ。こういう時、温かい飲み物って良いよな」
にこっと微笑んでこちらに振り向く。
瞬間、きゅっと胸の奥で伸縮した何かに私の息は詰まった。
「…鴻は、寒がりだな」
誤魔化すように、ふっと私も笑む。
「そんなに寒いなら、ちょっと前にズレてみてくれないか?」
「えっ?前に?」
壁を背にして横並びに座っている形から鴻だけ前にズレるという事は、壁と鴻の背の間に空間が出来るという事だ。
寒さと何の関係があるのか全くピンと来ていない様子でも前に移動してくれるらしく、腰を浮かす。
鴻のこういう所はたまに心配になる。
基本頭の回転は速いし騙されやすいタイプでもない。
だからと言って疑り深いわけでもなく、見分ける事にも去なす事にも長けている。
の、だが。
たまに、こういう風に素直に信じて従われると心配になってしまう。
お前、そんなにすんなりと言う事を聞いて、下心ある奴に騙されたらどうするんだ!とか。
いや、逆なのか。
鴻自身にそういう気持ちが無いからピンと来ないのだろうか?
言わずもがな、鴻は大層モテる。
まぁ、私や兵助もそれなりに。
勿論、雷蔵も。
勘右衛門は別格だ。あいつは来るもの拒まずだから遍歴は酷いものだ。
八は…聞いてくれるな。
話を戻すが、兵助はあの通り生真面目なので交際経験無し。
雷蔵は女性の扱いは丁寧だが、実際は全部断っている様子だ。
「お付き合いって何したら良いのか迷っちゃうから…まだいいや」と、照れと苦笑を混ぜた面持ちで言っていた事があった。
それに引き換え、鴻はそういう堅さも無いのに「今はお前たちと遊ぶ方が好きだよ」と言って誰かと付き合う様子は無いし、鴻からそういう恋愛めいた雰囲気を感じた事が一切ない。
思春期ならば色恋の事や性的な事に興味を持つのが普通なのだが、こいつにはそういった俗物的なモノを感じない不思議さがあった。
淡白なのだろうか。
私はと言うと、これだけ悶々としているという事はそういう事だ。
鴻が、好きだ。
最初は憧憬に似たものかと思っていたが、生憎そんなところに納まる可愛いものではなかった。
知られれば軽蔑されるであろう不埒な事をしたいという欲求の方の“好き”だ。
高校に入学してからの間柄だというのに、もう何年もずっと…何十年何百年とずっとずっと在ったような気持ち。
大事にしたい、守りたい、触れたい、抱きしめたい、私だけを見て欲しい。
常日頃、そんな浅ましさが私の中に蠢き、鴻に悟られない様に触れられる口実を探っては、その肌に触れた。
…まるで変態ではないか。
心外だ。
「何難しい顔してんだよ、三郎」
色々と考え込んでいた私は、知らず眉間に皺を寄せていたらしい。
「何でもない」
そう言いながら、鴻が動いたのと同時に鴻と壁の間に出来た空間に身体を滑り込ませた。
つまり、壁を背にして座った私の足の間に鴻が座った形にする。
そのまま鴻の腹部に腕を廻してぎゅっと抱きすくめた。
「これで少しは暖かいだろ?」
しれっと告げる。
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