02




「…っ、鴻、誤魔化さないでくれ!俺聞いちゃったんだ。さっき善法寺先輩と話しているのを。」
竹谷が居た堪れなくなって目を伏せた。
あの保健室での出来事の時、庭で例の如く逃げ出した毒虫を探していた竹谷は、開け放たれた保健室の中から言い争う声を聞きつけて駆けつけたのだと言う。
けれど止めるよりも先に、近江と善法寺の会話に意識が行き、咄嗟に気配を消して盗み聞きをしてしまったのだと、申し訳なさそうに頭を垂れて謝った。
「悪かった!」
ガバッと勢いよく下げた竹谷の頭を、近江はやんわりと起こさせる。
「そうだったのか…見苦しいところを見せて、俺も悪かった。」
静かに近江も頭を下げた。
「やめろよ!そんな事はどうでもいいんだ!」
久々知が竹谷と鉢屋の間を掻き分け、ガシッと近江の両肩を掴む。
「兵助!」
不破が懇願するような悲痛な声を上げる。
「…仇討に行くっていうのは、本当なのか。」
低く、苦虫を噛み潰したような表情で久々知が問う。
近江はそれには答えず、掴まれている肩から久々知の手を解いた。
「…妹御や、ご両親はいいのか。お前、あんなに喜んでいたじゃないか!!」
鉢屋の声には、あの日の幸福に満ちた近江の顔と、今目の前にいる全てを見据えたような顔の落差に悲哀の満ちた色を滲ませていた。
「御母上に至っては、鴻の御父上を亡くした上に、その仇討で鴻まで亡くすかもしれないということなんだぞ!?そんなのってないじゃないか!」
久々知も眉間に深い皺を寄せ、慟哭に似た声で叫ぶ。

「妹が、いるからだよ。」
目を伏せて近江がぽつりと答える。
「義父と母には血を分けた妹がいる。俺とも半分血の繋がった可愛い妹。母もこれでもう、淋しくはない。」
何も思い残す事は無いとでも言うように、静かに近江は視線を上げた。
その刹那


ガツッ!!


と鈍い音が響き、続いてズサッと畳を滑る摩擦音が響く。
それは、殴られた近江が倒れた音だった。



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