06
「安心しろ鴻、今のお前の所為で私の方がもっと酷い有様になった。」
そう苦笑を零すと
「わっ…、本当だ。」
と、密着した部分から伝わる私の昂ぶりに、鴻が驚きの声を上げて見上げてきた。
視線が交わった瞬間、再び鴻が目を伏せる。
「もう離してくれ。近い…。」
弱々しい抗議の声が届く。
その様子を見て、にやりと私の口角が上がった。
「今までにもあった距離なのに、何を今更近過ぎると言うんだ。」
そう問えば「…状況が違うんだよ。」と大層居心地が悪そうに呟いた。
未だ羞恥に頬を染める鴻は、大変愛らしい。
本当に不慣れなのだろう。自身の身体変化を知られたのが耐え難いらしく、頼りない様子だ。
私としては、そこまで愛おしむ事を分け合えたのだと喜びに満ちているのだが、鴻にはそこに思い至るには遠かった。
鴻の場合、自分は二の次で、相手を幸福に満たすやり方しか経験をして来なかったのかもしれない。
それは仕事柄や身体的理由もさながら、鴻の本質的なものも関係している気がしていた。
「鴻。」
俯く顔を上げさせるように顎を掴めば、妖艶さを孕む視線が向けられた。
どくん、と大きく拍動した。
直前の様子とは一転して、誘う様な瞳で鴻が私を見つめた。
「…っ、」
名を呼ぼうにも、まるで金縛りにあったかのように機能しなかった。
ふらふらと吸い込まれる様に顔を近づけ、恭しくその唇に口付けを落とすと、ぺろり、と唇を舐め上げられた。
びくんっと、今度はこっちの身体が跳ねた。
あまりにも真逆な鴻の行動に油断した。
ガリッ
「痛ッ、」
次の瞬間、唇に歯を立てられた。
怯んだ一瞬、拘束していた力が緩んだ。
その隙を衝いて鴻がするりと、私の囲いから抜けてしまった。
「ばか三郎。」
どこか拗ねた様な面持ちで、鴻が私をねめつける。
その睫毛には、未だ乾き切っていない粒が煌めいて見えた。
「痛いよ、鴻。」
私が笑って言ってやると
「…仕返しだよ。」
と、鴻が舌を出して悪戯に言う。
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