03




(鴻が、泣いて、いる…。)

鴻は、静かに涙を流していた。
ぽろりと思わず零れてしまったのであろう滴が一筋、鴻の頬を伝って落ちた。
驚くなと言う方が無理な話だ。
鴻は編入してからこっち、一度も泣いた所を見せた事が無かった。
それはどんなに過酷な実習や忍務、怪我をした時でも変わらなかった。
気丈に振る舞い、皆を安心させる側に回る一方だった鴻の、初めての涙。
驚きのあまり、私はおろおろする事しか出来なかった。

「ははっ、悪い、三郎。」
そう言ってぐいっと目元を拭う鴻を、私は茫然と見つめた。
「あの小さな身体で一生懸命泣く妹を、父が抱いて、俺があやして、母がおしめの替えを用意しながら“待っててね〜”って笑うんだ…」
続きを言おうとして、鴻の唇が戦慄く。
「その時気付いたんだ。“あぁ、家族なんだ”って。」
伏せた睫毛がふるりと揺れた。
「義父と母が血を分け、そして俺とも半分血が繋がった実妹なんだって。そう思ったら、堪らなくなった…」
ほろりほろりと、静謐な涙が流れる。

思わず私は鴻を掻き抱いた。
「鴻…。」
ぎゅうぅぅっと抱きしめる。
「三郎、俺、凄く嬉しいんだ。」
それに応えるように抱きしめ返す鴻が、私の胸に頬を擦り寄せる。
「…これでもう、淋しくはない。」
ぽつりと、語尾か消え入る程小さく呟いた鴻を、堪らず側の木へと押し付けた。
「…さぶ、」
みなまで言う前に、その唇を塞いだ。
「んっ…」
小さく鴻が息を呑んだ。
触れるだけの、それでもあの日以来、ずっと焦がれ続けていた口付け。
「三郎…?」
濡れた瞳で見上げる鴻の額に、ちゅっ、ともう一度口付けを落とす。



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