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この腕は優しく掴まれて

「五年は組の近江鴻です。土井先生、少し宜しいでしょうか?」
ここは職員長屋の一室。一年は組の実技担当教師である山田伝蔵先生と私、一年は組の教科担当教師である土井半助の部屋だ。
その障子の前に居住まいを正しているであろう鴻の声が聞こえる。

「どうした?」
障子を開けて、土井が柔和な笑みを浮かべる。
「お休みのところ申し訳ありません。」
近江がスッと頭を下げた。
「採点をしていただけだから大丈夫だよ。山田先生も食堂に行かれているし、気を楽にしなさい。」
今は丁度夕餉を済ませて、各々が予習復習したり寛いだり自由に過ごせる時刻だった。
早くても遅くても、ましてや普通の活動時間でも、毎回丁寧に挨拶をする近江に、土井は労いの笑みを向ける。

「毎度の事で申し訳ないのですが、火薬を少し分けて頂けませんか?」
少し哀しそうな笑みを浮かべた近江が土井を見上げる。
「…御苦労だな。その…身体は大丈夫か?」
時折近江は忍務で使用する火薬を、火薬委員会顧問の土井から購入する。
その事は土井も解かっているので深くは聞かなかった。
ただ、可愛い生徒であることには変わり無いので、身体と心の心配をしていた。

「大丈夫ですよ。変わりありません。」
静かに鴻が笑う。
上級生ともなれば直接顧問から購入しなくても、使用理由と署名の記入が通れば、火薬委員会委員長代理である久々知兵助からでも買える。
しかし鴻はそれを好まなかった。理由は、自分の使用理由にある。
それはそうだろう。いくら忍務とはいえ、これから戦場に赴き己が行う実情を思えば、友人からその道具を買うのは躊躇いが出る。仲が良ければ、良い程に。

「今回はどのくらいの期間になるんだい?」
私たちは揃って煙硝蔵へ向かう。
「三日程です。」
短く鴻が答える。
「そうか。くれぐれも身体には気を付けなさい。しっかり食べて。休める時には休んで。それから…」
ついつい小言を零すと「ははっ、心配性だなぁ、土井先生は」と鴻が悪戯にはにかんだ。

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