紫雲が靡く風の向き


一年ぶりだな、と言った口は既にカラカラで、渇いた口内が酷く冷え切っていて、目の前に立つ青いコートを着た男を、全力で睨んだ。
それはどこからどう見ても自身の兄で、そしてそれを知ってなお、自分はそれにリベリオンを向けている。
なんだか、異常に空しい気分であった。
それでいて、その刃を揺るがす事など出来なくて。
こいつは、止めなくてはならない。

そして尚且つ、俺は。

こいつを倒さなければ、ならないのだ。


そして、兄は魔界に残ると言った。
ふざけるな、と思う反面、一瞬でも安堵してしまった自分に気づいてしまう。
きっとこれで己は兄を倒さなくても良いのである。身内の血は、もう、見たくない。
伸ばした手は切られ、最後の最後まで兄は、壊す事しか望まなかったと思う。
何を、と言えば、己の心を、と答えよう。生憎簡単に壊れるものではないのだが、身内であり、さらには兄貴。
そういうものはどうしたって、己のトラウマにしかなっていないのでは、と思うほど恐ろしく、そして反面、酷く愛しく思っていた。

それなのに、彼は。


「…バージル」


一直線の赤い線を見て、魔界の穴をみやる。魔界で、バージルは死んでしまうのではないか、と、次の瞬間には漠然とした恐怖が襲う。
恐ろしかった。あれだけ傷つけられようとあれだけ大切なものを壊されようとあれだけ罵られようとも、あれは自分の家族で、肉親で、兄貴で。
何をしているのだ、と酷い自己嫌悪に襲われた。
それを笑うことで、正気を保っていられた。
しかし年月を重ねていくごとに、自分はただ漠然と思う。
バージルは再び己を苦しめにやってくると。

根拠も何もない、ただのカン。
それでも、自分の中には既に決まった事項のように存在していて、泣くこともなかった。
何故と言われれば、それは奴がバージルだからだとしか答えられない。
ただきっと、バージルはまた、己の前に立ちはだかり、刃を向け己を苦悩させる。想像するだけで死にたくなった。
けれど逃げたくなかった。だから、あの日を思い出しながら、リベリオンを見つめている。


「次はどんな風に俺を苦しめてくれんだ?オニイチャン」




試しに言った言葉はただ吐き気を催しただけだった。


(110531)




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