身体がだるい、のは寝てないからだ。
ここ数日は寝てない気がする。というのもそうまでしなければ調べ物は簡単に見つかってくれないからだ。
しかし流石に、そろそろ寝ないとマズイ気がした。授業中に寝ても足りないなら、いよいよ保健室だろうか、そう霧のかかる頭で考えながら高嶺清麿はけだるい身体を引き攣れ、席を立った。




「はぁ!??お前何いってんだよ!!」
「……っ、!」
「ちょ…ちょっと、誰か止めなよ……」
「やだ、せ、先生を」


「……………なんだこの人だかりは」


思った事を思わず口にすると、近くのクラスメイトの女子数名が振り向いた。
「たっ、高嶺くん。」
「大変なの、ケンカが……た、高嶺くん…?」


女子達の目は縋る事をやめ、困惑に満ちた。清麿の目は俯き、前髪で隠されていて伺うことは出来ない、が、その纏うオーラが、ケンカを円に囲む人だかりを割った。

「おい、何とか言えよっ!!!部活辞めるなんて許さないからな!!!」
「……っ、先、ぱ……!」


ヒートアップする中心。しかし囲う野次の視線はみな違う方向を向いていた。そして、怒鳴り散らしていた男は気がつく。

ゆっくりと向かって来る、鬼の形相に。


「てめえら……………」



ぴしゃりと氷水をぶっかけられた様に男は青ざめ、本能的に怯えた。つかみ掛かられていた男もまた、清麿という鬼の存在に気がついたらしく目を見開く。
一歩、一歩、確実に近寄るその存在に、とうとう少年は涙ぐんだ。ふざけるなよ、僕だって部活が嫌いなわけじゃない、どうしても行けないだけだ、それなのにどうして先輩からは怒鳴られて挙げ句にこんな…。

少年の目は溜め込んだ涙で大きくなり、その目で清麿を見つめる。それは猫に追い詰められた鼠の様だった。


「……いいかげんに、せんかァアァい!!!!!!!」


「うわああああああ!!!???」
「うわああああぁぁああっ!!」


鬼の怒号、二人の断末魔。
しかし鼠は、驚きのあまり咄嗟に、目の前に迫った猫の身体を突き飛ばした。
瞬間、開いていた窓方面に身体が浮き、そして、

「――、え、」


窓柵を身体が、乗り越えた。


「うわ、ぁぁあああぁああ!!!!!」

落ちる、落ちる落ちる落ちる!!!
真っ逆さまに落ちる自分の姿を咄嗟に想像して、滝の様に流れる涙の冷たさにも泣いた。ああ死ぬ、死ぬんだ、死んでしまうのか……

ゆっくりと自分の運命に悲観しながら双眼を閉じる。瞼を閉じても、涙は止まってくれないんだと、今知った。

「―――っ、お、い、目をあけ………っ、」

「こら、諦め―――――っ、」

おや、上から声が聞こえる。

「ふざけ―――……っ――」
「―――おい………――」


ゆっくりと、閉じた目をこじ開けてみる。
真っ逆さまになった自分、そして、その両足を掴んで離さないのは、

「……先輩…と……(鬼)…」

「てめぇふざけんじゃねえぞ!部活どころか何諦めてんだ!」
「そうだ、諦めるな!今引き上げてやるからな!!」

右足を鬼だった人、左足を先輩が、しっかりと掴んでくれている。よく分からない、頭が上手く回らない。ただ、わかる事は。

(ああ、生きてる。僕はまだ、)


「せぇの!!」


二人の掛け声に合わせて、少年は落下の恐怖から生還した。
息の切らした二人と、騒ぎを見ていた皆、呼ばれた先生達、救急箱、その他、少年の生還を待っていたそれらが出迎えた。

「………みん、な…」
「…お前は、は…部活…はぁ、嫌いなのか、よ…ハァ」


息を切らしても尚、先輩は僕の言葉を待っていた。―嫌いなんて有り得ない、
僕の居場所で、僕を必要としてくれて、僕の、
―それを、嫌い、なんて。


「嫌いなんて

…………あるもんか……!!!!!」

拳を握りしめ、少年は力強くそう答えた。
先輩はそれに、満足げな、優しい笑みを浮かべて部員の頭をこずいた。



「それでいいんだよ」




少年の目からは、熱い、熱い涙が溢れていた。



「…なんだか、私感動しちゃった…」
「やだ、私もなんだか…っ、て、ちょっ、高嶺くんが倒れてる!!!」
「た、高嶺くん!!!」
「高嶺??!!!!」
「高嶺!!!!!!」




(疲れた…)

皆が二人の部活青春話に見とれ感動の涙を流している間、少年を全力で引き上げ体力を使い果たした清麿は息を切らし廊下に大の字に倒れていた。ああ疲れた、ああ、気が遠くなっていく。もういいや、もうここで寝てしまえ、どうにかなるだろ。
半分自棄になりながら、清麿は目を閉じた。









橙の日が差す保健室のベッドに、少年は身体を預け眠っていた。
時はカチコチと確実な秒針を刻み、日は傾き学校の鐘は鳴り響く。
本日数回目のそれにようやく目を覚ました少年に、"先輩"はぱあっと、後ろに太陽があるかのような笑顔を向けた。

「高嶺」
「…ん、あ?なんで…お前」
「なんでって、もう放課後だぜ?部活も終わる」
「はぁ?!マジか!?」
「マジマジマジ」


ああ、やってしまった、と内心頭を抱えた。次の授業はあのめんどくさい教師だったのに。また何か言われるじゃねぇか。

「すまなかったな、高嶺」

「え?」


声にクラスメートの友人を見れば、そいつは頭を下げ、拳を膝の上で固めていた。

「体調、悪かったんだろ?まさかああなるとは思ってなかったにしろ、…迷惑かけたな」

「…ああ、そんな事か」

そんなことって!そういいたげに顔を上げたクラスメイトに、清麿はただ当然の様に笑った。

「あいつ、大丈夫だったか?」
「え?あ、一年か?ああ。ぴんぴんして帰ったよ。部活は辞めるが、余裕が出来た時にちょくちょく来るって事になった」
「そうか、良かったじゃねえか」
「つうか、部長が許可してたのに俺がでしゃばる事じゃなかったんだよな。はは」
「いいじゃねえか。お前らしくて。」
「…高嶺」
「何だ?」
「サンキューな」


にっ、と体育会系の笑みをくれてやりながら、少年…山中は、清麿に感謝した。
それに真剣な目で応えていた清麿だったが、直ぐに吹き出し、笑った。





「よせよ」






照れ臭い、そういいたげな笑みだった。
グラウンドに風が吹く。それは爽やかな風だった。
蒼い風は保健室のカーテンを揺らす。それと一緒に、
彼が心配で心配でしょうがなかった子供が飛び込んできた事は、いうまでもない。






(110125)




オチって何かね





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