例えば突然、隠された落とし穴に落ちるように、 例えば突然、ウマゴンに出会ったように。 それは脈絡なくやって来たのだ。 「…き、よまろ…?」 「……………」 そして急な訪問者はしかし黙秘を決め込んでしまっている。目を伏せながら、唇をマフラーに埋め、赤くなった鼻先を手の甲で擦った。 「こんな夜に…どうしたんだい、」 「…すみません、こんな、深夜に」 日が落ち、時計は既に22時を指している。中学生が出歩くには些か遅すぎる時間ではないか、そう言いたかったのだが、彼は目を伏せたまま申し訳なさそうにそう言うだけだった。他に行くところがなかったとも言う彼を、理由も聞かずに危ないから帰れと言う事も出来ず、サンビームは彼を自宅に上げた。 高嶺清麿。 いつも頼れる、とても頭の良い少年。 今はどこと無く頼りない、年相応の少年にしか見えないが、きっと何かがあったのだろう。 なにも言わない、しかし申し訳なさそうな彼を安心させるよう微笑みかけると、また申し訳なさそうに笑った。 「どうかしたのかい?」 「……」 「ガッシュとケンカでもしたのかい」 「……」 黙っていてはなにも分からない、と言いたい所だが、きっと何か事情があるのだろう。温かい紅茶をだせば、また申し訳なさそうに頭を下げた。 そしてふと、サンビームは清麿が手ぶらな事に気がついた。 「清麿。赤い本はどうしたんだ?」 「…家、です」 「珍しいな、君がそんな。」 「……ガッシュに、取り上げられました」 「………………な?!」 ガタン!と背中の壁に思いっきり後頭部をぶつけた。ななななななな何があったんだ高嶺家。 あのガッシュが、天才児から魔本を奪うなんて珍しいってものじゃない。天変地異が起きる前触れではないのか! 「け、ケンカにしては随分…」 「…疲れました、もう」 「清麿?」 「もう…疲れた」 その時、清麿の目には、何も映っていない事にサンビームは驚愕する。誰よりも力強かったあの目は今、その光を失っている。彼はそれに気がついているのか居ないのか。 サンビームは静かに彼を見据え、冷静な目で彼を観察する。 「…しかし、君とガッシュは数々の強敵を倒してきた、いわば魂のパートナーじゃないか。現に私も、その強さに光を与えられた一人だ。…そんな君が、疲れたなんて…何かあったのかい。」 「何か、なんて特にないですよ」 光を与えた、なんてたいそうな事をした覚えもありません。そう言う清麿の目はサンビームを見ようともしない。斜め下を見ながら、そして弱々しく頭を抱えた。 「サンビームさんやウマゴンの強さは二人の強さだ。俺達はただ無我夢中で…」 「無我夢中で、私たちを守ろうとしてくれたんじゃなかったのか?」 弱々しい目が、ようやくサンビームを見遣る。しっかりみたサンビームの目が、とても強く眩しくて、清麿はいたたまれなくなって目を反らす。サンビームは立ち上がり、両手で少年の頭をがっしりと掴み顔を近づけ無理矢理に目を合わせた。 「サンビームさ…」 「今の君には光が見えない」 清麿はようやく目を見開いた。言葉が少年に伝わっているか、気持ちが少年に伝わっているか、サンビームには分からない。 「君はとても綺麗で強い、光を持っている。ガッシュが本を取ったのも、君に休暇を与えたかったんだろう。…今日は泊まっていくといい、親に連絡は?」 「………すみま、せん…」 この少年も、こんな表情をする事があるのだと、サンビームはしかし微笑ましく感じた。人間誰だって、無気力になる時はある。この少年も、そんな時が訪れただけだ。きっと直ぐに元の強い彼に戻る。 そう信じながら、自分の布団を明け渡し、自分は薄い毛布をかけて座り夜を越えた。 これが彼の後悔に繋がるとは思いもせずに。 □■■ 早朝、朝4時。 いつも起きる時間よりも2時間以上早いそんな朝に、サンビームは目を開けた。 秋になり冬になりかけるそんな季節の変わり目に、朝特有の張り詰めた冷たい空気に身をよじるが、サンビームは両手が動かない事に気がついた。 (……?) 違和感を感じるも、その手を見ることも叶わない。目の前には、なんと清麿が居たのだ。 「…清麿?」 「…ああ、起きてしまったんですね、出来れば気付かない内にと思ったんですが」 「何…言っ…て、」 「あまり動かない方がいい、関節が外れますよ」 清麿の言う通り、無理に動かそうとすると骨が軋んだ。なにが起きているのか、寝起きの頭が混乱しているのを体感して目が回りそうだ。 「まさか…っ、君は清麿じゃないのか…?!魔物かっ!」 サンビームの質問に、少年は一瞥したきり何も返事を返さなかった。そっと、朱色の本に触れ、ゆっくりと見つめて薄く口を開いた。それは独り言だった。 「怖くはなかった。痛みもなかった。…興奮してたんだ。俺は、もう。」 「…きよ、まろ…?」 「サンビームさん」 玄関に立ち、" 清麿 "は縛られたサンビームを返り見る。その目はやはり何も映していなくて、光もない。 「俺はもう、帰れない」 そう言って、少年はドアに手をかけ出て行った。 残されたサンビームは少年を呼び止める事も出来ず、ただその出て行った背中と哀しそうな目を思い出すばかりだった。 「…………きよ、まろ……?」 虚しく残された男は、直ぐ横に置かれた本を不思議に見つめた。 (110206) 無気力 の続きですが、もう続きません。 何故って? 自分でも色々考えすぎてめんどうになっちゃったんだ(笑) |