ロマンチストを気取る彼女


最初につゆと会ったのは確か居酒屋だった。

凍えるほど寒い雪の日、寒さで鼻や耳を赤くしながら俺は店に入り熱燗を頼んだ。つまみもそこそこ徳利一本呑み終わる頃には、すっかり体は温まっていた。

酒は良い。呑んでる間は嫌なことは忘れられるし、なにより旨い。呑みすぎて痛い目に遭ったことなどたくさんあるが、この旨いというのはどうしようもない。と、誰とも知らないただ隣り合わせただけの客にだらだらと話した。なんてことない酒の話だ。だがその隣り合わせた客は妙によく話を聞いた。相槌を打ち、共感し、ひたすら聞き役に徹した。

そうだ、今日は嫌な客が来たんだ。妙にプライドの高い女で見るからに高級そうな服で身を包み、きつい香水の匂いをさせて万事屋の暖簾をくぐった。そして部屋に入ったとたん、鼻をつまんで「臭い」の一言。いやお前の方が臭いから、と言いたいのを我慢し俺は場所を変えようと提案した。なにしろ久々の客だったから。

その別の場所にと移動したファミレスも女は気に食わなかったらしく、しばらくは店にすら入ろうとしなかった。ようやく店に入って依頼内容を聞くと、仏頂面で「あんたみたいな男に任せるのもしゃくだけど」との前置きの後、持っていたアタッシュケースを手渡された。どうやら俺に運び屋としての役割を期待していたようだ。それも随分ときな臭い。こういう類のことに関しては割と鼻が利く方だと自負がある。この女は、俺に犯罪の片棒を担げというのだろうか。俺はそんなのごめんだった。やっとまっとうに暮らし始めたのに、変なことに巻き込まれるのはたまったもんじゃない。女の依頼に対し遠まわしに否と伝えると、女は激情して持っていたアタッシュケースで俺の頭を殴り、「金さえ払えばなんでもやるんでしょ!」と金切声を上げた。殴られた頭より、ファミレス中の人間からの視線が痛かった。その後十数分女の怒声が続いたが、俺を含めそれを止められる者はいなかった。やがて怒るのに疲れた女は俺の頬を思い切りぶっ叩いてどこかへ行った。

話し終えるころには空の徳利が三本並んでいた。隣の客の前にはワイングラスが二つ並んでいた。俺もそいつも大分酔っていたように思う。

そういやお前、見ない顔だな。と俺は隣の客に言った。隣の客は、この辺で飲むのは初めてで、と紅潮した顔で話し始めた。

普段はこうじ町に住んでいるが、かぶき町には近づくなと友人からきつく言われいた。だがかぶき町がどんな所なのか気になって仕方がなくて、今日ついに来てしまった。もうすでに何軒か梯子をしたが、かぶき町は終末呑むには良いところだ。強面のヤクザ者らしき人や天人、キラキラ光るネオン、キャバクラ、段ボールを住みかとする公園の住人。かぶき町はまるで別世界だった。こうじ町からは少し遠いのが玉に瑕だが、やはりまた来たい。なぜならまるで自分がお伽の中にいるみたいだから。

「このまま運命の人が現れて、私を攫ってはくれないかしら」

なんてことを言う奴だと思った。そんな夢のような話あるわけないだろと俺は諭すように言った。

「現実見ろよ」

そんな俺の一言に、ケラケラと隣の客は笑い始めた。この、意味もなく笑っている女こそが、これから長い付き合いとなるつゆである。夢見がちでロマンチスト気取りのつゆは、これから先たいへんな夢を描きつつ、実に自由気ままに生きた。きっとこれから先もそうだと、俺は信じたい。






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