・スザクコンプレックスの話。
・ヘタレざく。
・あまあま。











不揃いに並んだ列が、少しずつ前に進んでいく。

もうすぐ、僕の順番がやってくる。
正直、軍に入隊して初めて実戦に出た時よりも、緊張していた。


…大丈夫だ。
今日この日のために、色々準備してきたんだ。

僕は、大きく深呼吸をした。



「枢木君。次、あなたの番よ」

「は…、はい!」

名前を呼ばれ、ついに運命の時がやってくる。

僕はごくりと生唾を飲み込み、そして。



その戦場の地へと、一歩踏み出した――…。















 −2cm
 















「………………」


手渡された紙を見て、思わず絶句する。
そこに記された結果に、僕はただ呆然とすることしかできない。


身長と書かれたその項目には、176の数字。

…目標より、2センチも足りなかった。



なんで?
今まであんなに、努力してきたのに…!

毎日牛乳を1リットル飲んでいたし、おやつに煮干しもたくさん食べた。
鉄棒に3時間ぶらさがったりもしたし、寝る子は育つっていうから夜更かしもしないで睡眠時間もたっぷりとっていた。

それにずるかもしれないけど、少しでも数値が伸びないかと期待して、ぼさぼさのクセ毛をスタイリング剤でガチガチに固めてみたりもした。
これも、測定するおばさんが容赦なくバーを下げて膨らめた髪型を潰してきたので、結局効果は得られなかったけど…。

はぁ、と深いため息をつく。



身体測定を行っているこの体育館では、各学年が集まってそれぞれの項目を記録していた。
みんな体操服に着替えていて、ちゃんと列に並ぶ者もいれば、輪になっておしゃべりしている者もたくさんいた。
がやがやと騒がしいけど、アッシュフォード学園らしい、とても賑やかな雰囲気だ。


だけど、僕はどうしてもとても楽しめる気分にはなれなかった。

なぜ僕が、こんなに身体測定にこだわっているかというと……。



「スザク。お前ももう全部終わったのか?」

体育館の壁際に寄りかかっていた僕のところに、ルルーシュが駆け寄ってきた。


そう。その原因はすべて、このルルーシュにある。



「う、うん。ちょうど今、終わったとこだけど…。ルルーシュは?」

「あぁ、俺もやっと終わったばかりだ。面倒くさいけど、今日は授業もないしこれだけで帰れるから、楽と言えば楽だよな」

くすくすと、ルルーシュが嬉しそうに笑う。
僕はそれに小さく、そうだね、と返事をすることしかできなかった。


「…どうしたんだスザク。なんだか、元気ないな」

僕の様子がおかしいことに気付いたのか、ルルーシュは顔をしかめてそう言った。

「べ、別に、なんでもないよ」

僕はばれないように、慌てて自分の体の後ろに測定表の紙を隠す。
が、それが返ってルルーシュに怪しまれてしまうことになった。

「お前。まさか…」

「……っ!」

やばい。
もしかして、気付かれ…?


「…………太った、のか?」

へ?

予想外の発言に、がくっと拍子抜けしてしまう。


「お前の体重が増える場合は、その無駄についた筋肉のせいだからな。あまり気にするなよ」

た、体重…?
よかった、ルルーシュは身長の方には気づいていないみたいだ。


「そ、そうだね。ルルーシュの方こそ、大丈夫だった?」

「…?何がだ?」

「いや、だって毎日あんなにピザばっか食べてるからさ…。でもルルーシュは痩せすぎだと思うから、少しは標準体重に近づいた方がいいんじゃ……って、ええ!?」

せっかくいい具合に話が逸れてくれたから、そのまま話を続けていたら。
突然、ルルーシュが射るような視線で僕を睨み始めた。

あ、あれ。僕、なにかまずいことでも言ったかな…。


「あれは…。俺が、全部食べているんじゃない……!」

「あ…そう、なんだ…」

ナナリーか咲世子さんが、ピザ好きなのかな。
僕はルルーシュの目がすごく恐ろしくて、それ以上聞くことはできなかった。


「…………」


しばらく、二人の間に沈黙が流れる。

その間もずっと、周りの生徒がわいわいと楽しそうに談笑している声が聞こえる。
…本当なら、ルルーシュともああやって一緒に楽しく回れたかもしれなかったのにな。


そう思って遠くを見つめていると、横でルルーシュが長く息を吐く音がした。


「――で。結局なんなんだ?」

「え?」

「今日は朝からずっと、様子がおかしかっただろ。お前」


ルルーシュが、心配そうに僕を見つめている。

あぁ。もうこれ以上、ルルーシュに隠しごとはできないかな…。
僕は諦めて、すべてを打ち明けることに決めた。



「…ルルーシュは、身長いくつだった?」

「は?何だ、いきなり」

「いいから」

「178、だったかな。ちょっと前に測ったときと、特に変わってない」

「……だよ、ね」

「…………?」

ルルーシュは、まったく訳がわからないといった顔をしている。

「それが、どうかしたのか?」

「…これを見てよ」

隠していた自分の測定表を、ルルーシュの顔の前にばっと広げて見せた。


「僕は…。176だった」


あんなに頑張ったのに。
あんなに努力もしたのに。
僕も、以前とまったく変わっていなかった。

そう、前と変わらず、

「君より、2センチも低いままなんだ」

改めて本人の前で口にして、ずーんと気分が落ち込む。
今度こそ伸びているはずだったのに。



だけど、そんな僕を見てルルーシュは呆れた顔をする。

「なんだ。お前、そんなこと気にしていたのか?」

「そんなことって何だよ。僕には、すごく重要なことだよ!」

急に僕が大声をあげたものだから、辺りが一瞬静かになった。


「たった2センチだけど、僕にだって男のプライドはあるし」

「…す、スザク…」

「少しでも君と対等になりたくて、隣に並んでもおかしくないようにって、」

「おい、スザク、」

「そもそも僕の方が入れる方なんだし、このままじゃ格好つかないじゃ…」

「スザク――…っ!!!!」


ルルーシュの叫び声に、僕の声が遮られる。
ぜぇ、ぜぇ、とルルーシュは呼吸を荒くして、顔も真っ赤にしていた。

「……ば…場所を、変えないか?」

気がつくと、僕たち二人の周りには人だかりができていた。
何事かといつのまにか注目されていたようだ。


こんな大勢の人前でする話でもなかったので、僕は半ばルルーシュに引っ張られるように、体育館の外へと移動した。










「まったく、少しは場所を選べよな。恥ずかしいだろ、このバカ」

「う…。ごめん」

パタン、と扉が閉められる。
誰もいない生徒会室は、さっきいた体育館とは打って変わって、しんと静まり返っていた。



「…俺は、身長とかまったく気にしていないからな」

ルルーシュが、僕にまっすぐ向き直ってそう言った。
さっきの、話の続きだ。


「俺は女じゃない。自分より背が高い相手がいいとか、そんなつまらないことで人を好きになったりしない」

少し怒った口調でルルーシュは言うけど、柔らかくて、優しい声だった。

「お前だから、好きになったんだよ。スザク」

ルルーシュがふっと微笑む。
彼の黒い髪が窓から入り込む日差しに照らされ、それが少し眩しく感じた。


僕はそんな綺麗なルルーシュを見ていられなくて、そっと下を俯いて目を逸らした。


「…僕は、ルルーシュと再会できた時。すごく、嬉しかったんだ」

ひとつひとつ自分の記憶を辿るように、ゆっくりと話し出す。

「それと同時に、君との距離感を感じずにはいられなかった。7年という年月が、僕らに深い溝を作ってしまったような気がしてならなかった」


ルルーシュは、ただ黙って僕の言葉を待っている。
僕もまた、一生懸命自分の中から次の言葉を探していく。


「確かに、僕も…。あの頃と比べると、大分変わってしまったんだと思う。だけど、もう昔みたいに戻ることなんか、できなくて」

ぎゅ、と自分の体操服の裾を、強く握った。


それでも、そんな僕を。
ルルーシュが好きだと言ってくれたことが、本当に嬉しかった。


だんだん、視界が白くぼやけていく。
今もこんな風に人前で泣いてしまうなんて、情けないと思った。

「だっ、だからせめて、君とのたった2センチの差だけでも、近づけて…おきたくて…っ」

泣かないように、口を一文字に結んで耐えようとしてるのに。
ぽた、ぽた、と床に涙がこぼれ落ちる。

やっぱり、こんなんじゃいつまで経ってもルルーシュに届かない。
2センチの壁は、未だに大きい。





「…か、だ」

「え?」

ずっと無言だったルルーシュが何か言ったような気がして、僕はようやく顔を上げる。
涙でぐちゃぐちゃになった目だったけど、ルルーシュの顔ははっきりと見えた。

「やっぱり、お前はバカだと言ったんだ」

思いがけないその言葉に、僕の涙はぴたりと止まる。
え、と訳がわからず目を見開く。

ルルーシュの表情はいつもと変わらないポーカーフェイスで、そこから何を考えてるのか読み取ることはできなかった。


ばかだと言われて、再び落ち込む。

そうだよ、僕はこんなくだらないことでくよくよ悩んで、終いには恋人にも呆れられてしまって…。


「――――……っ、」


突然、あたたかい感触に包まれる。

ふわ、と柔らかい髪が僕の耳の横を掠めた。



「縦に距離があるなら、その分、横の距離を無くせばいいだけの話だろ」


僕のすぐ隣で、ルルーシュの声が聞こえる。

ぎゅう、とルルーシュの腕が僕の体を抱き締める。
僕は最初驚いてただぼーっとしてることしかできなかったけど、それに応えるかのように自分もまたその背中に腕を回した。


「そうだね。ありがとう、ルルーシュ」


それから、ルルーシュは何も言わなかった。

僕の肩にずっと顔をくっつけたままだから、多分今頃照れているんだろう。
可愛いな、ルルーシュは。

大好きだ!





そして、僕たちは合図をすることもなくほぼ同時にキスをした。

二人の間に隙間ができないように、ぴったりと口を合わせる。



――きっと、今の僕たちの距離は。

ゼロよりも、近い。

















「あー、でもやっぱり悔しいなぁ…」

「なんだ、まだ言ってるのか」

「だって。子供の時は、大きくなったら僕の方が背が高くなってると思ってたしさ」

「くすっ。…やっぱり、スザクはスザクだな」

「え。それどういう意味?」

「中身は変わってないってことだよ。身長より、そっちの方を気にした方がいいんじゃないか?」

「ルルーシュこそ、そういう意地悪なとこ。全然変わってないんじゃない」

「…………」

「…………」

「……ぷっ。くく…」

「…ふふ、あははは」

「嘘。冗談だよ」

「うん、僕も…」

「あ。そういえば、」

「…?」



「測定表、提出するの忘れてたな」

「……あ」







すっかり忘れ去られた数字をのせて、その小さな紙切れは風に吹かれてペラペラと捲れていた。



もう僕の中から、2cmのマイナスはどこかへいってしまったような気がした。







――君が、僕のプラスになってくれたんだよ。

ルルーシュ。















end.



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