・浴衣で花火デートの話。
・ほのぼのギャグ。
夜空に咲く花「ルルーシュ、入るよ?」
「ま、待てスザク!まだ、準備が……っ」
ノックもせずに扉を開けられてしまい、慌てふためく。
スザクが、部屋に遠慮もなく入ってくる。
「なんだ、もう着替え終わってるじゃないか」
「…できてないのは、心の準備だ」
俺は恥ずかしくて下を向いてしまう。
なぜなら、今着ているのは日本の浴衣というやつで。
着慣れない衣服なので、自信がなかった。
「大丈夫、すごく似合ってるよ。ルルーシュ」
日本人のスザクにそう言われ、少しほっとする。
スザクは、紺色の無地の浴衣を着ていた。
少し柄の入った角帯を腰より低い位置で留めている。
スザクの和服姿なんて、久しぶりだ。
昔はよく袴を着ているのを見ていたが、こうして大人になってからだとかなり印象が違う。
格好良くて、つい、見惚れてしまう。
俺は照れくさくなって、自分の浴衣の袖を直すふりをする。
スザクが着ているのとは違って、俺が着ているのは白地ベースの浴衣だった。
グレーの縞模様が入った、シンプルなデザインのものだ。
洋服と違い、足元がスースーしていて、なんだか落ち着かなかった。
「お兄さま、スザクさん。もう出かけられるんですか?」
部屋を出ると、すぐにナナリーに声をかけられる。
ナナリーもひまわり色の浴衣に着替えていて、すごく愛らしかった。
「咲世子さんに着付けを手伝ってもらったんですけど…。変じゃないですか?」
「いや。すごく可愛いよ、ナナリー」
「本当ですか?ありがとうございます、お兄さま」
ナナリーがふわりと微笑む。
浴衣を着るのをすごく楽しみしていたから、嬉しくて仕方がないのだろう。
俺もカメラを用意しておけば良かったな、と後悔した。
「ユフィ姉さまにも、お礼を言いたいです。このような機会を与えてくださったこと…」
そう。俺たちがこうして浴衣を着ているのは、ユフィの計らいからだった。
今日は、ブリタニア主催の花火大会の日。
日本の伝統的な文化に興味を持ったユーフェミア皇女殿下によって、ブリタニア人も日本人も関係なく参加できるお祭りが行われることになったのだった。
「そうだね。ユフィにもそう伝えておくよ」
スザクが笑ってそう答えた。
しかし俺は、ユフィの名前を聞いて少し心配になる。
「お前…。皇女付きの騎士なら、こんなところに居ちゃまずいんじゃないか?」
こういう祭りの時は特に護衛が必要になる。
ましてや、スザクはユフィの騎士で。
「今日はお休みをもらったから、平気だよ」
「休みってお前、こういう忙しい日にもらえるわけが…」
「ユフィが、ルルーシュと行ってこいって言ったんだ。こういうイベントは、デートで逃したらいけないってさ」
デート、と言われて改めて赤面する。
やっぱり、こういうのはデートになるのか…。
「まったく、ユフィのやつ…」
正直、スザクと花火を見に行けるのがすごく嬉しかった。
ここのところ軍の仕事ばかりでなかなか会えなかったから。
今日だけは俺を優先してくれて、少し幸せな気分になる。
「お二人とも、そろそろ行かないとお祭りが始まってしまいますよ?」
「ナナリー…。本当に一緒に行かなくて大丈夫か?」
「はい。車椅子じゃ周りの方々に邪魔になるでしょうし…。私は咲世子さんとここで花火の音を聞いてますから、お兄さまはスザクさんと楽しんで来てください」
確かに、祭りの賑わいの中にナナリーを連れていくには危険すぎる。
テロリストが絶対に現れないという可能性だって…。
本当はナナリーにも楽しい思いをさせてやりかたかったけど、身の安全性を考慮してアッシュフォード学園に残すことに決めた。
「そうか…。じゃあ後で、お土産買ってくるよ。咲世子さん、ナナリーをよろしくお願いします」
「はい。行ってらっしゃいませ、ルルーシュ様」
通りに出ると、既に多くの人で溢れていた。
あちこちに屋台がずらりと並んでいて、いい香りが辺り一面に漂ってきている。
こういう祭りの時でしか見かけないような、見たこともない食べ物もいっぱいあった。
自然とそういうものに目がいって、子供の頃感じたようなワクワクした気持ちになってくる。
「確か花火の打ち上げはこの公園の向こうだから、もう少し先まで行けばよく見えると思うよ」
「そうか…」
しかし、奥へ進めば進むほど人とすれ違うのもギリギリの狭さになってきて、俺はスザクのあとについていくのがやっとだった。
それでも先にスザクが人混みをかき分けてくれるので、その後ろを通る俺は歩きやすい方だった。
しばらく黙って進んでいると、急にスザクが後ろを振り向いた。
「ルルーシュ、人が多いから手を繋ごうか」
そう言って、俺の手を取ろうと手を伸ばす。
しかし俺は、こんな大衆の面前で手を繋ぐなんて恥ずかしくて堪らなくて、
「い、いや。いい…っ!」
軽く触れ合った手を、ぱっと離してしまう。
男同士で手を繋いでいるところを見られたら、きっと変な目で見られる。
ただでさえ周りを見渡せば男女のカップルばかりで、男二人で来ているだけでも十分浮いているというのに。
「でも、この人混みじゃはぐれそうだし…」
「俺は、平気だ。大丈夫…ちゃんと歩ける、から」
赤くなった顔を隠して、また二人で歩き出す。
本当は、デートらしく手を繋ぎたいけれど。
やっぱり、相手が男だとスザクに迷惑かかるよな…。
今やスザクは結構有名人だから、変な噂が立つと軍の中での風当たりも強くなってしまうだろう。
空いている手が、少し寂しく感じた。
色々な屋台の横を通っていると、ふと中でも変わったものに興味を引かれた。
めあたわ…?わたあめ、って読むのか?
なんだろう、あれは。
白くてふわふわしていて。
ナナリーの笑顔に、似ていると思った。
「なぁスザク。あれって…、」
前に向き直って声をかけてみると、そこにスザクの姿はなかった。
「……スザク?」
きょろきょろと見渡して、見知った茶色のくせ毛を探す。
人はたくさんいるのにスザクはどこにも居なくて、不安になる。
大声で名前を呼んでも、返事はない。
がやがやと騒々しい音だけが耳に届く。
俺は突然のイレギュラーに、焦らずにはいられなかった。
しまった…。
スザクとはぐれた。
俺が、よそ見なんかしたから…!
辺りを探そうとするも、人の波に押し寄せられてどんどん別の方へ流されていってしまう。
とりあえず脇道へと避けて、なんとかそこから脱出する。
通りから少し離れた外灯に寄りかかり、そこで深くため息をついた。
「こんなことなら、素直に手を繋いでおくんだったな…」
履き慣れない雪駄で無理に走ったせいか、足も痛い。
俺はその場にうずくまる。
スザクはどこに行ってしまったんだろう。
俺を置いていったことに、ちゃんと気付いてくれただろうか。
もうすぐ、花火の打ち上げが始まる時間だ。
たくさんの人の群れの中、俺は世界で一人だけになってしまったような孤独を感じた。
「か〜のじょ、一人ぃ?俺と一緒に遊ばない?」
突然、不快なセリフが聞こえて、顔を上げる。
耳障りな声。
古いナンパの常套句。
彼女って。まさか俺のことじゃないだろうな…。
しかし、嫌な予感は見事に的中する。
「こんなところでどうしたんだ?迷子かぁ?」
酔っ払いがやかましい声で騒ぎたてる。
しかもこの男、見覚えがある。
というか…ありすぎる。
「おい玉城!やめろよ恥ずかしい。それにこの学生、男だぞ?」
「うるっせーなー!こぉんな美人が、男なわけねーだろーがよお」
黒の騎士団が、なぜこんなところに!?
テロリストがいるかもと踏んでナナリーを置いてきたが、まさか本当に来ていたとは…。
しかもうちのだし。
今日の祭りは何が何でも妨害しないようにと指示を出していたはずなのに、なぜ…。
「だってよー、扇は彼女と行くっていうしよー。これが飲まずにいられっかってんだよぉ!」
…完全に、ただ遊びに来ているだけのようだな。
色んな意味で関わりたくなくて、俺はその場を立ち去ろうとする。
「おい無視すんなよ、俺と遊んでくれよぉネーちゃん」
「やっ、やめろ離せ!俺は、男だ…!」
歩き出そうとした俺の腕を強く掴まれる。
連れの団員も止めようとしてくれるが、酔っ払いの暴走はエスカレートする一方だった。
「なぁチューしようぜ、チュー」
「ひぃいいいいい…!」
顔を近づけられ、一気に全身に悪寒が走る。
「助けて、スザク…っ!!」
俺はぎゅっと目を瞑って叫んだ。
すると次の瞬間、耳のすぐ横をひゅっと風が切る。
「…イエス、ユア・ハイネス」
え?
近くで聞き覚えのある声がして思わず目を開けると、ハイキックを入れられている玉城の姿があった。
そしてそのまま地面へと派手に吹っ飛んでいく。
隣を見ると、そこにはずっと探していたスザクが立っていて。
「大丈夫、ルルーシュ?ケガはない?」
「スザク…」
視界の端で、こっそり来ていたらしいカレンが面倒くさそうに玉城を担いでいくのが見える。
どうやら、あっちの方は大丈夫そうだ。
「すまない。あんなこと言っておきながら、結局はぐれてしまって…」
「後ろ見たらルルーシュがいないんだもん、びっくりしたよ」
スザクの顔を見て、心の底から安心する。
スザクも、俺のことをずっと探していてくれたのか…。
走ったり蹴ったり無茶したからなのか、少し浴衣が着崩れていた。
「それと…助けてくれて、ありがとう。なんか、変なのに絡まれて…」
あの時スザクが助けにきてくれなかったら、俺は世にも恐ろしい体験をしていたはずだ。
…後で玉城にはじっくりアジトのトイレ掃除でもさせてやるか。
「今日は僕が君の騎士だから。守って当然だよ」
スザクが眩しそうに目を細めて微笑む。
俺は一気に顔に熱が集まった。
スザクが、騎士…。俺だけの。
今までユフィのことが羨ましかった分、そう言われてすごく嬉しくなった。
「でももう、はぐれちゃダメだからね。さっきみたいな危険もあるし、心配だから」
「あ、実は…」
俺は、立ち止まってしまった理由を思い出す。
「あれを、ナナリーに買ってやりたくて…」
そう言って、先程の屋台の方を指差した。
「わたあめ?」
「…あぁ」
子供みたいなわがままを言っているようで、なんだか気恥ずかしくなる。
「なんだ、買いたいなら言ってくれればよかったのに」
じゃあ買いに行こう、と再び歩き出すスザクの浴衣の裾を、俺は慌ててつまむ。
スザクが驚いて振り返った。
「ルルーシュ…?」
「あ、その…。また、はぐれたら困るから……だから、」
――やっぱり、手を繋ぎたい。
そう言おうと思って口を開くが、なかなか言い出せない。
すると突然。
スザクの手が、俺の手を包み込む。
ぎゅっとあたたかい感触が、手のひらに当たるのを感じた。
「それじゃ、行こうか」
「……っ、」
ぐいぐいと手を引いてお店のある方へと歩き出す。
俺は最初のうちは戸惑っていたけど、スザクが楽しそうにしているのを見て、だんだんと嬉しい気持ちの方が大きくなっていった。
「花火、綺麗だね」
ドーン、ドーンとひとつずつ。
色鮮やかな花たちが夜空を明るく染めていった。
俺の手にはわたあめの入った袋。
反対側の手は、スザクの手と繋がっている。
大きな音がする度に、腹の奥まで振動が響く。
周りにもカップルや家族やらがたくさんいて、それぞれが幸せなひと時を感じているようだった。
「日本の夏はやっぱりいいな、スザク」
スザクと出会ったのも夏だった。
またこうして、二人で思い出を刻んでいけるのが嬉しかった。
「ルルーシュ…」
スザクが、唇を重ねてくる。
それは突然のことで、俺は思わず目を見開く。
「す、スザク…っ。こんなところで…!」
「大丈夫、誰も見てないよ。みんな花火の方を見てるし」
「だからって、……んんっ」
ちゅっ、と自分たちにしか聞こえない音を立てて、花火を背景にキスをする。
今日は特別なデートだからか、なんだか余計に照れくさい。
そうして何度も深い口づけを交わした後、お互いがお互いを見つめ合う。
せっかく花火を見に来たというのに、俺はほとんどスザクのことしか見ていなかった。
蒸し暑いわけでもないのに、じわりと汗が流れる。
夏の夜は不思議なもので、いつもより胸がドキドキして止まらなかった。
それから俺たちはもう一度手を繋ぎ。
儚い花火の光が散っていくのを、二人でずっと見上げていた。
end.
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