・ラブレターの話。
・ヘタレざくとツンデレーしゅ。











「あの、枢木くん。これ…」

そう言われて、目の前に一通の手紙を差し出される。
相手は名前も知らない女の子。
恥ずかしいのか、少し頬を赤らめてずっと下を俯いていた。


しばらく黙って立っていると、やがて一方的にそれを押し付けて、

「じ…じゃあ、よろしくね!」

バタバタと慌ただしい音をたてながら、彼女は走り去ってしまった。


誰もいなくなった放課後の教室で、僕は一人手渡された手紙を見つめる。
ピンク色をした、シンプルだけど可愛らしい封筒。

どう見ても、ラブレターというやつだ。



しかし、これが自分宛でないことはわかっていた。
その表に書かれているのは、



『ルルーシュ・ランペルージ様へ』



僕の、恋人の名前。















  turn S















「まいったなぁ」

手に持った封筒を眺めながら、廊下を歩く。
先ほどの女の子の言葉が、頭から離れない。


――ルルーシュくんに、この手紙を渡してほしいの。枢木くん、仲良いでしょ?


そりゃ仲良いに決まってるよ。
だって僕たちは付き合っているんだから。

だからこそ、いま困っているんだ。



ルルーシュは、モテる。
それも男女問わず大人気だ。


こうやってラブレターを渡すのを頼まれたのだって、今回が初めてじゃない。
今までも断れずに仕方なくルルーシュに届けにいったこともあった。

でも、それはまだ僕たちが友達同士だったころの話。
あの時は面倒ごとを簡単に引き受けるなとかちょっと怒られただけだったけど、今日はなんて言われるんだろうか。





気が進まないまま、彼のいる生徒会室の前まで辿り着く。
僕は大きく息を吸って、その扉をゆっくりと開けた。


「やぁスザク。遅かったな」

窓際に近い椅子に座っていたルルーシュの笑顔がこちらに向けられる。

「…ルルーシュ、一人だけ?」

広い室内をきょろきょろ見回して、他に誰もいないことに気づく。

「あぁ、会長たちは買い出しだとかで外出中だ。俺はこの書類を片付けたかったから、残ったんだ」

「そう…」

ルルーシュがそう言ってまた机の上の書類の束に視線を戻す。


ルルーシュと二人きり。
みんなが居ない今のうちに、さっさとあれを渡してしまおうと思った。



「ルルーシュ、あの。これを君に、って…」

僕は自分の後ろに隠していたさっきの手紙を彼の前に出した。
ルルーシュがちら、と顔だけ上げてそれを見る。

「…なんだ、それは」

「えと、ラブレター…だと思う」

そう言った瞬間、ルルーシュの眉間に皺が寄せられる。
あぁ、やっぱり怒ってる…。


「なんでそれをお前が持ってくる。前にもこういうことは断れと言っただろう?」

「うん…ごめん。うまく、断れなくて…」

「いらないから早く返してこい」

「え…?」

「それを持ってきた女にだ。俺は受け取る気はない」


僕だって、こんなことしたくないよ。
自分の好きな相手にラブレターを届けるなんて。

だけど、気持ちを伝えようとするのは、どんな形にせよ勇気がいる。
僕もそうだったから、わかる。
初めてルルーシュに自分の気持ちを口にした時も、口から心臓が飛び出るんじゃないかと思うほど緊張したから。


「で、でもさ…。せっかく一生懸命手紙書いてくれたのに、」

「…お前、俺と付き合ってるんじゃなかったのか?さっきから何なんだ」

ルルーシュが呆れているのか怒っているのかわからない声で僕に言った。
…いや、多分怒っているんだろう。

僕も自分自身、一体何をしたいのかわからない。



「…わかったよ。受け取ればいいんだろう?」

やがて、小さく溜め息をついてルルーシュはその手紙を受け取った。

そしてその手紙を開封もせず、すぐにビリビリと破いてしまう。


「…ルルーシュ!」

「受け取るとは言ったが、読むとまでは言ってないぞ」


ルルーシュが細かくなってしまった封筒と便箋の破片を、くずカゴに捨てた。
手をパンパンと軽くはたいて、静かにこちらに戻ってくる。


突然のことに驚いている中、どこかでそれを見てほっとしている自分がいた。


よかった、ルルーシュは他の子には興味がない。


…それを確認するために、もしかしたら自分はこんなことを引き受けたのかもしれない。
単なる、自己満足だ。





「ルルーシュは。ラブレターもらっても、いつも読んでないの?」

「当たり前だ。どうせ断るのに、いちいち読む訳ないだろ。時間の無駄だ」

「…そっか」

ルルーシュはまだ不機嫌そうな顔をしている。
でも、なんだかそれがちょっと嬉しい。
怒っているのは、僕が人のラブレターなんか持ってきたから。

それってきっと、ルルーシュが僕のことを好きだからってことなんだよね。



「ごめんね、ルルーシュ」

近づいて、包み込むようにぎゅっと抱きしめる。
密着した瞬間、彼の細い体がビクッと小さく震えた。

「もう、こんなことしないから」

「…………」

「許してくれる?」


ルルーシュは、ずっと黙っていたままだった。
近すぎているからか、顔までは見えない。


「…たら、」

「え?」

ぼそぼそとルルーシュが何か言っているが、それがあまりに小さすぎてよく聞き取れなかった。
回していた腕を緩め、今度は聞き逃さないようにもう一度耳を傾ける。


「キス、してくれたら…許してやる」


ようやく見えたルルーシュの顔は、夕日の色と同じ朱色に染まっていた。
言うのが恥ずかしかったのか、視線を下の方へやってそっぽを向いている。


可愛いなぁ、ルルーシュは。
つられて僕まで照れてしまう。



「ルルーシュ…」

頬にかかる黒い髪をそっと指でかきあげて、目の前の薄紅色をした唇へとキスを落とす。

「…んっ、」

合わさった唇と唇の隙間から、時折ルルーシュの熱い吐息がこぼれ出る。
初めはぎこちなく啄むだけだった口づけは、次第に深く貪るような口づけに変化していった。
僕が舌を中に侵入させると、ルルーシュもそれに応えるかのように必死にそれに絡ませてくる。

ルルーシュは僕の制服の袖をぎゅっと握りしめていて、そういった行動までもが僕を興奮させた。


「ルルーシュ…。もう、許してくれた?」

「スザ、ク」

答える代わりに、ルルーシュが僕の名前を呼ぶ。
もうだめだ。我慢なんて出来ない。

今ここで、続きをしてもいいんだろうか?

そう思ってルルーシュの制服のボタンに手をかけたその時、



「あれ?スザク、お前も来てたのか〜」

聞き覚えのある友人の声が、入り口から聞こえてくる。
その声がリヴァルのもとだと認識するよりも早く、僕は力一杯ルルーシュに張り倒されていた。


「リ…リヴァル、早かったんだな。会長たちは?」

「はぁ〜い、ミレイ様ならちゃんとここにいるわよ。なーんだ、スザクも来てたなら荷物係スザクにやらせればよかったわねぇー」

「か、会長…っ!俺だけじゃやっぱ不満だったんですかぁ!?」

僕が顔面を壁にぶつけている間に、次から次へと賑やかな声が聞こえてきた。

どうやら、残りの生徒会メンバーが戻ってきたようだった。
買い出しに行った成果なのか、その後ろには何に使うのかわからない品物が山のように積まれている。


ルルーシュはというと、さっきまでのことなんてなかったかのように、いつも通りあの輪の中に入っていってしまった。

やっぱり僕は嫌われてしまったんだろうか。
そう思ってしょんぼりと落ち込んでいると、シャーリーがこちらに近づいてやってきて、

「ルルはね、スザクくんが来るかもしれないから自分はここで待ってる!って聞かなかったんだよ」

「し、シャーリー…!」

にこやかに笑うシャーリーに、ルルーシュが大きな声を上げる。


ルルーシュが?
僕のことを、ここで待っていてくれたなんて。


それなのに僕はラブレターなんか持ってきて。

…最低だ。



「ルルーシュ!」

呼んでみても、ルルーシュの返事はない。
ぷいと顔を背けられて、そのままどこかへ行ってしまった。

僕はただ、未練がましくその後ろ姿を目で追うことしかできなかった。


「なぁに、ケンカでもしたの?」

「あ、はい…。まぁ…」

「ちゃんと仲直りしなさいよ。ほら、ガーッツ!」

バシン、と思いっきり会長に背中を叩かれる。


そうだ。早く仲直りしなきゃ。
でも、どうすればいいんだろう…。
気持ちを伝えるのって、難しいな。



気持ち…。


「そうだ、」















次の日。

朝、昇降口の前でルルーシュが来るのを待つ。


そわそわと落ち着かない。
ただでさえ日本人というだけで注目されやすいのに、周りの生徒からは不審な目で見られている。

それでも、そんなこといちいち気にしている余裕なんて僕にはなかった。



しばらくして、ルルーシュを遠くで発見する。
どんなに人混みの中にいたって、好きな人はすぐに見つけられるんだ。
気づいてもらえるよう、僕は大きく手を振った。

ルルーシュは僕の姿を見た瞬間目を大きく見開いてびっくりしていたけど、それを無視するかのようにそのままスタスタと通り過ぎていってしまった。


「待ってよ、ルルーシュ」

負けじと追いかけて、すぐ隣に並んで歩く。
ルルーシュが素っ気なく何だ、とだけ答えた。

「これ、読んでほしいんだ」

ポケットの中から白無地の封筒を取り出して、ルルーシュの前に差し出す。


「ラブレターなんだ」

「…!」


予想通り、ルルーシュは怪訝そうな顔をしている。
落ちる気配のないと思われた歩く速度も、その場でぴたりと止まった。


「お前…。あれほどもう持ってくるなと、」

「いいから。受け取ってよ」

「スザク、だから…」

「ルルーシュが読む、最初で最後のラブレターだと思うからさ」

「はぁ?」

「絶対、読んでね!」


半ば強引にルルーシュに押し付け、僕は一足お先に教室へと走っていった。







「…たく、何なんだあいつは」

ルルーシュはムリヤリ渡された手紙を手に、一人悪態をついた。

質素なその白い封筒を見れば、今までのような自己主張の強いものとは違い、表にも裏にも何も書かれていなかった。


「宛名も差出人も書いてないし。本当に、俺が読んでいいのか…?」

廊下の壁にもたれかかって、仕方なしに手紙の中を見てみることにする。

中身は同じ色をした便箋が一枚だけ。
がさがさと広げてそれに目を通すが、あっという間に読み終わってしまう。



しかし、ルルーシュはそれをいつまでも大事そうに眺めていた。

結局、差出人すら書いていなかったけれど。


見覚えのある、汚い字。



「…こんなこと、言われなくてもわかってるよ」

ばかだな、と言って微笑む。


ルルーシュは、初めてラブレターを貰って嬉しい気持ちになった。





朝日に照らされた白い手紙が、とても眩しく感じた。


そこにあったのは、たったの一行だけ。










 『大好きだよ』















end.



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