・新年にスザルルが一緒に大掃除をする話。
・ルルーシュはお掃除とスザクがお好き。
お正月。
それは、忙しい師走を乗り切った者へのご褒美といってもいい行事だ。
楽しく新年を祝ったり、家でのんびり過ごしたり。
きっと、ほとんどの者は新しい年の始まりを幸せに過ごしていることだろう。
だけど、昨年にやり残したことがある者は、必ず次の年にそのツケが回ってくるものだ。
そしてそれが新年早々振りかかることもあるということも、決して忘れてはならない。
ここにも早速、その運命から逃げられなかった男が約1名。
まだ換えたばかりの真新しいカレンダーを見て、枢木スザクは深いため息をついた。
本当なら、自分もそうやって好きな人とゆっくり正月を過ごすつもりでいたのに、と。
しかし、今回その好きな相手によって、つかの間の平穏は壊されたのであった。
たとえばこんなプロポーズ「スザク、そこにある棚ちょっとどかしてくれないか?」
「うん、わかった」
「違う、そっちの方向じゃない。左に60度だ」
「あ、ごめん…」
ルルーシュの指示に従って、スザクが壁際の棚を動かす。
重そうに見えたその棚は、ガタガタという音とともにあっさりとその場から移動した。
さっきまで棚が置いてあったスペースを、ルルーシュがすばやく掃除機をかけていく。
手慣れているのか、驚くほど手際が良い。
主婦顔負けの早さで次々と埃を吸い取っていく様を、スザクは隣から関心の眼差しで見つめていた。
事の顛末は、今から1時間ほど前。
「全力で大掃除を始めるぞ」
そう言って、いきなりルルーシュがスザクの住む部屋に乗り込んできたのだった。
玄関の扉を開けたスザクは、しばらく何も言葉が出なかったという。
寝惚けた頭でその状況を理解するには、あまりにも突然な展開だったからだ。
ルルーシュは頭に三角巾をきつく被り、ピンクのエプロンを似合いすぎるくらいきちっと着こなしていて。
更にその手には雑巾やバケツ、箒、掃除機、中性洗剤にその他もろもろのお掃除グッズなどなど。
完全武装だ…とスザクが人知れず呟いたのは、あながち間違った表現ではない。
「…よし、こっちの方は掃除機かけ終わったぞ。スザク。その棚、もう元の位置に戻していいぞ」
「了解」
「あぁ、それと。そこの窓も曇っているみたいだから、全部きれいに拭いておいてくれないか」
「はいはい、っと」
「それが終わったら雑巾がけと、ゴミ出しと、それから…」
「えっ、まだそんなにあるの…?」
さっきからバタバタとあちこち走り回されていたスザクは、その仕事の多さに思わず声を上げた。
整った眉を綺麗に歪ませながら、ルルーシュはきっ、ときつい視線を送る。
スザクはしまったと思いつつも、怒った顔も可愛いなとか、心の中で呑気な感想を述べた。
「なんだ、文句があるのか?」
「あ、いや。ちょっと人づかい荒くないかな、って…」
「何を言ってる。お前は力仕事くらいしか役に立たないんだから、別にこのくらい当たり前だろう」
「まぁ、それもそうだけど…」
「そもそも!今こうやって大掃除をしてるのだって、元はと言えばお前のせいだろう!!」
「わっ。ルルーシュ、ハタキ振り回したら危ないって」
ルルーシュが、手に持ったハタキをスザクの顔の前でぶんぶんと大きく振りかざした。
「お前が年末にちゃんと掃除しなかったというから。俺が、わざわざこうして手伝いに来てやってるんじゃないかっ」
「う…。返す言葉もないです」
そう。
スザクは、年末の大掃除をまだしていなかったのである。
そしてそれを知ったルルーシュが、当然それを見逃すわけもなく。
こうして、晴れてめでたく正月に二人で部屋の掃除をすることになったのだった。
仕事で忙しかったとはいえ、どうしてもっと早く掃除をしておかなかったんだろう、とスザクは心の中で後悔した。
正月は学校もないし、仕事も休みだ。
せっかく二人一緒に過ごせるのだから、お餅を食べたり仲良く布団に寝転んだり。
ゆっくりと甘い一時をともにする予定にしたかったのだけれど。
「ルルーシュに、悪いことさせちゃったな……」
スザクは小さいため息を吐きながら、ぎゅっと手に持った雑巾をバケツの上できつく絞った。
もうこれ以上絞っても水は出ていないというのに、スザクはぼんやりと雑巾を握り締めているままだった。
濁ったバケツの水に、ゆらゆらと人影が落ちる。
水が汚れているため顔までは映らないが、多分きっとあの窓ガラスのように曇った表情をしているのだろう。
「ところで…」
ルルーシュの声がして、はっと我に返ったようにスザクが顔を上げる。
「どうして、ペットボトルがこんなに床に散乱してるんだ?ほら、空のボトルが6本も床に落ちていたぞ」
まったく信じられん、といった顔でルルーシュが足元に散らばった飲み物の容器を拾っていく。
スザクはそれを見てまたバツが悪そうに頭をかいて、
「え、っと。それは、後で捨てようと思って…」
「後で、じゃダメだ。お前の場合、そのまま忘れる可能性が高いからな。あと、ゴミはきとんと分別して捨てろ」
わかったか、と小言を言うルルーシュの口調は、怒鳴るでもなく不機嫌でもなく。
そこでようやくスザクは、あることに気がついた。
(ルルーシュ。なんだかすごく…)
(楽しそう……?)
「…………」
「どうした?顔がニヤけてるぞ、お前」
スザクの表情が緩んでいるのを見て、ルルーシュが不審そうに顔を覗きこむ。
隣から腰を屈めるようにスザクに顔を近づければ、艶やかな黒髪がさらりと揺れた。
「あ、いや…」
「?」
「ルルーシュは、きっといい奥さんになるなー…って」
「え……」
スザクが天然をまとった爽やかな笑顔でそう言うと、ルルーシュはその瞳を大きく見開いた。
男がそんなこと言われても普通、嬉しいものではない。
だけど。
スザクがルルーシュに言うのであれば、それはまた違ってくる。
なぜなら。
「もういっそ、僕のところに嫁に来ちゃう?」
「すざ、く…」
どさ、とビニール袋が落ちる音がした。
先程までルルーシュの手にあったゴミ袋が、足元へとこぼれ落ちる。
同時に、拾ったばかりのペットボトルが床の上に転がった。
「あ、その。一応、プロポーズのつもりだったんだけど…」
つい勢いで口から出てしまったとはいえ、やっぱり少し気恥ずかしいのか。
スザクもそのまま俯いてしまう。
「…………」
二人の間に、重い沈黙が流れた。
ついさっきまで家具を動かしたり掃除機をかけたり騒がしかったというのに、今ではそれが嘘のように静かだった。
開けっぱなしの窓の外から、バイクの走る音が微かに聞こえる。
年賀状を配達する郵便屋のものだろうか。
そして、そのエンジン音もやがて遠ざかっていき、再び静寂の世界に包まれる。
「…ごめん」
それは突然のプロポーズに対してなのか、せっかく拾ったペットボトルをまた散乱させてしまったことへの責任なのか。
スザクは短く謝罪の言葉を呟き、それからしゃがみ込んで足元に転がり落ちた空のボトルを拾い始めた。
ひとつ。ふたつ。
変則的に散ったボトルを、丁寧に袋へと戻していく。
みっつ。
と、3番目のボトルをスザクが掴んだ、その瞬間。
突然。ルルーシュの手が、それに合わさるように乗せられた。
え、と驚いてスザクがルルーシュの方を見上げる。
思った以上に近くにあったルルーシュの顔を視覚的に認識するのと、ほぼ同時刻。
慣れ親しんだ柔らかい感触が、スザクをそっと襲った。
「……、」
触れ合った唇が、一瞬で離れる。
キスの時、重ねた手をぎゅっと握られ。
思わずスザクの手から、掴んだばかりのボトルが滑り落ちた。
カランという乾いた音が、遅れて耳に届く。
「ルルー…シュ…?」
スザクが呆然とその名を呼ぶ。
しかしルルーシュは顔を背け、そのままぷいと背中を向けてしまった。
それから、もう一度散らかったゴミを拾い集め始める。
「…掃除の続き、やらないとな」
やっと開いた口から出た言葉は、とても事務的な内容で。
「うん…。そうだね」
スザクが少し寂しそうに返事をした。
さっきの愛の告白、なかったことにされたのだろうか?
てっきりキスしてくれたのが返事なのかと思って、ちょっと期待してたのに。
(流されちゃった、のかな…)
ルルーシュの考えていることがまったくわからなくて、スザクの頭の中でぐるぐるとネガティブな思考が巡らされる。
「スザク、さっさと掃除終わらせるぞ」
後ろを向いたまま、ルルーシュが声をかける。
スザクはぼんやりとした瞳で、視線だけをルルーシュに向けた。
「それで…」
ルルーシュがしゃがんだまま下を向く。
それから、手に持ったペットボトルの容器を強く握りしめて。
「終わったら、もう一度聞かせてくれないか」
「え?」
「さっきの話、だ」
「さっきの…?」
「だ、だから。その……」
俯いたルルーシュの耳が、赤く染まっているのが見えた。
スザクは、自分の鼓動が徐々に早くなっていくのを感じた。
「そういうのは。もっとちゃんとした状態の時に言ってほしい、というか…」
ルルーシュの声が、どんどん小さくなっていく。
「あ…」
そして、スザクは今になって気付く。
今この状況が、プロポーズにそぐわなかったということに。
大掃除中、しかも絞った雑巾片手に愛の告白をするなんて。
まったく、ムードのかけらもないにも程がある。
「はは…。それも、そうだね」
思わず、破顔する。
あまりにも空気も読めない馬鹿な自分が、おかしくて。
それと、ほっとしたせいもあった。
ルルーシュに嫌われたわけじゃなくて、よかったと。
スザクは心の底から安心した。
「るるーしゅ!」
がばっ、と勢いよくルルーシュの背中に飛びつく。
後ろから包み込むように、ぎゅうっと強く抱き締めた。
「は…離せ、スザク!」
「んー、離したくない」
「ばか、これじゃ片づけができないだろう…!」
「ルルーシュはすぐそればっかりだね。僕とお掃除、どっちが好きなの?」
「…………っ」
スザクが、拗ねたような声でルルーシュの顔を覗きこむ。
こんなこと尋ねるなんておかしいのはわかっているけれど、黙って答えを待つ。
するとルルーシュは、スザクとは反対の方へ顔を背けて。
「……スザクに、決まっているだろう」
ぼそりと、呟いた。
「ルルーシュ…!」
掃除の方を選ばれたら一生立ち直れないと思っていたスザクは、嬉しくてそのままルルーシュを押し倒した。
「ルルーシュ、結婚しよう!!」
そして、その唇にキスを落とした。
ちゅっ、という水音と二人分の熱い吐息が、ルルーシュの耳を掠める。
「〜〜だから、そういう大事なことは掃除が終わってから言えと…、」
恥ずかしそうに頬を染めながら、スザクを見上げる。
スザクはルルーシュの上に覆いかぶさりながら、くすりと笑って。
「いいじゃないか別に。掃除は後にして、ちょっと休憩しようよ」
「…俺は部屋の片づけも出来ない男なんかと、一緒に住みたくないぞ」
「ルルーシュがそばにいてくれれば、きっと部屋も散らかる暇なんてないと思うけど?」
眩しそうに目を細めて、そう言った。
ルルーシュは、小さく「ばか…」とだけ答えた。
まだ、使いっぱなしの掃除用具もそのまま部屋中に散らかっていて。
二人の周りには、今日何度も拾ったペットボトルの容器が懲りずにまた転がっている。
まったくお前がいると片付くものも片付かないよと、ルルーシュは大きく息を吐いた。
まだ迎えたばかりの、新しい年。
今年一年だけじゃなく、一生よろしくお願いしますと。
そうスザクが囁くと、ルルーシュがお前は欲張りだなと言って笑った。
それなら毎年毎年必ず新年のあいさつをするから、ずっと僕のそばにいてくださいと言えば。
「お前に言われなくても、そうするつもりだったよ」
そう言って、ルルーシュは嬉しそうに微笑んだ。
スザクの口元が、幸せでいびつに歪む。
こんなに可愛いお嫁さんをもらえるのだから、仕方ない。
自分でも頬の筋肉が緩んでいるのがわかるほど、顔がにやけてしまうのを抑えきれなかった。
「大好きだよ、ルルーシュ」
スザクが、くすぐったそうな声で呟いた。
「大好きだ」
そしてもう一度。
今度ははっきりと聞こえるように言った。
「お前、そんなに何度も言わなくてもいいだろ」
「何度でも言うよ。だって、ルルーシュが好きだから」
好き。愛してる。
今年は何回言えるのかな、とスザクは思った。
きっと一生分言っても、それでもこの気持ちを伝えるのに言葉は足りないのだろう。
「…俺も好きだ」
スザクは体の下からかけられたその言葉に、一瞬驚いて目を見開く。
「お前ばっかり言うのは、ずるいだろ」
そう言って、ルルーシュは綺麗な笑顔を見せた。
不意打ちなんて、それこそずるいよ。
スザクは困ったような声で呟き、顔をほころばせた。
「どうする。掃除の続き、する?」
顔を近づけて、ルルーシュに尋ねれば。
「休憩する。お前もつき合えよ、スザク」
そう言って、ふわふわした茶色い髪の頭を手でぐいと引き寄せ。
もう一度その唇に、キスをした。
プロポーズをするのに、ロマンチックな雰囲気なんて必要ない。
少なくとも、この二人には…。
end.
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