いつもふわふわしている、と言われる。
寝起きのはっきりしない頭で、跡部の呆れた顔と溜め息を視覚に確認した。

跡部は“お前の世界はきっと鈍行なんだろうな”、と言って頬杖ついた。
(おれのせかい、)
しかし残念ながら俺は俺の世界しか知らないので、比較対象もなく、俺の世界以外がどれくらいのスピードで進むのかもわからない。


「…急ぐより楽チンだと思うよ」


よくわからない返答をした。
まだ寝ぼけていたからだ。








あれから、俺は世界のスピードが気になっている。

岳人は弁当を食うのが速い。俺も真似してガツガツと昼食を腹に詰め込んだ。一気に食べ過ぎたせいでお腹が痛くなった。

宍戸はダッシュが得意だ。コートの端から端まで移動する速さはお手の物。真似して俺も走ってみたら、踏ん張り過ぎてずっこけた。


「うわあ、こりゃヒデェ」


大丈夫か?と宍戸が訊く。片膝が派手に擦りむけて、血が滲んでいた。久しぶりに見た自分の血に、体中の血液が逆流するように熱くなる。ひこひこと立ち上がれば、激痛が走る。いたい。


「うぅーー樺地ぃーーーっ」


涙ながらに呼んだら樺地がやってきた。宍戸が事情を説明して、保健室連れてってやってくれ、と促す。俺は樺地に背負われて保健室に向かう。樺地の背中デケェ、お父さんみてぇ。年下だけど。









「いてて、」


保健室で保健医のせんせーに治療を施してもらい(樺地は練習に戻った)、今から出張だというせんせーを見送って俺はベッドに寝転んだ。(あー眠たいなぁ)
この足じゃ練習できないよ。やっちったなぁ。




すると。
ガラ、と突然、保健室の扉が開いた。



「あらっ」
「何してんだテメェ」
「練習してたらずっこけちゃって」
「ばぁーか」
「ばかっていう方がばかだ」
「その包帯巻いてる方の足にオキシドールを塗り込んでやろうか」
「すみませんでした跡部部長」



現れた跡部は制服のままだった。今日は生徒会があるから部活は遅くなるって言ってたな、そういえば。


「ケガは?足だけか?」
「あ、うん。擦り傷だよ」
「そうか」
「終わった?せーとかい」
「あぁ」
「じゃぁ今から部活だ。ごめん、俺見学でもいいかな」
「その足で練習なんてできるわけねーだろ。寝るなよ」
「そこは肯定はできない」
「しろ」
「アイテっ、」


すぱん、と頭を叩かれた。自分のながらいい音がする頭だと思う。中身詰まってないもんな、へへ。ってだれがじゃ!(ノリツッコミ〜)


「あとべぇ、」
「アーン?」
「俺の世界はやっぱり鈍行みたい」
「…なんだよいきなり」
「無理して動かそうとしたらこうなっちゃった」


そう言ってぷらぷらと包帯を巻いた足を動かす。

早口言葉も言おうとしたら舌を噛んだ。
忍足に脈を計ってもらったら、“尋常じゃなく遅い”と言われた。
俺の生活は俺が思ってる以上にスローテンポだったらしい。
スローライフってこういうことだろうか。



「ごめんね?」
「なんであやまんだよ」
「んん、だって」
「鈍行で結構じゃねーの」
「ん?」
「別に悪いなんて言ってない」


そう言って、跡部が俺の隣に腰をおろした。ベッドがもう体重一人分、沈んだ。


「でも、呆れてた」
「そりゃ呆れるだろうが。お前ぐらいゆっくりした奴」
「ほらー」
「でも悪いとは言ってない」
「じゃあ…良い?」
「……良いんじゃねーの」


顔が近付く。俺はまばたき一つできず、吸い込まれそうな青をただただ凝視した。血液がまた逆流して、体中がアツく、傷口が少しだけ疼く。



「だからもう二度と傷なんて作るな」



心臓が甘い悲鳴を上げていた。

今忍足に脈を計らせたらどうだろう、きっと“尋常じゃなく速い”と言われるだろう。
頭がずきずきする。酸素が追い付かない。代わりに唇から跡部の息が脳に届いて浸透して、体の芯がジンと熱くなるんだ。

俺の世界は今、俺の思考も追い付かないほど、スピードを上げている。
跡部、俺、自分が自分じゃないみたいだ。こわいよ。ぎゅ、と制服の裾を掴んだら、跡部の瞳を覆っていた長い睫が上がって、また深い青が俺を見る。頭を抱え込まれて、そのまま更に深く重なった。
粘膜が音を立てる。恥ずかしいより怖くて、怖いよりうれしくて、うれしいよりいとおしい。

今彼の世界にいるのだと、俺は自分の心音を聞きながら思った。




(20110505)
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