*ひよし語り


日吉には、わからなかった。
跡部景吾という存在が。
正確には、その恋人である、芥川慈郎の存在が。









"君も跡部に負けたんでしょ?へへ、強いよねー跡部ってさ!"



そう言って、満面に笑った。
敗北なんて苦味を味わうよりも先に、その嫌味ひとつない笑顔が逆に、勘に障った。






「ジロー先輩は跡部部長を尊敬してるんだって。本人曰くヒーローらしいよ」



鳳が話す芥川さん情報は、パートナー兼その人の幼なじみである宍戸さん伝の情報らしい。
宍戸さんもだが、同じく幼なじみである向日さんも、高飛車で俺様な跡部部長を敬遠する中、芥川さんだけは、初対面の頃から跡部部長に興味津々で、初対戦で惨敗するも益々その勢いは止まらなかったという。

テニスには、勝敗がある。
勝てば喜ぶ、負ければ悔しがる。至って一般的な、誰しもが持つ感情だ。例に漏れず俺も、入部早々に勝負を挑んだこのテニス部のトップに敗北したとき、同様の思いに駆られていた。
その試合直後、ベンチで試合を見ていた芥川さんが俺に投げ掛けてきたのがさっきの台詞だ。なんて無神経な人かと思ったら、そもそもその一般的な感情をこの人は持ち合わせていなかったのだ。
芥川さんには常人の感覚が適用しない。
なんなら悔しがるどころか、負けても喜ぶ、強い相手と対戦できたことに・出会えたことに。
一言でまとめるなら、『変人』。




「ジロー、起きろ。」
「んぅ〜…………むにゃむにゃ」




 二人が付き合っているのを知ったのは、入部及び跡部部長との初対戦からしばらく経ってからのことだった。
部内では最早当然の光景みたいになっていたが、いや当然じゃねーよおかしいだろ、というツッコミは心中にそっと潜ませておいた。
大体変人先輩はまだしも、跡部部長まで、というのがまた腑に落ちない。しかも相手が相手なんだから尚更。


「試合だぞ、コートに出ろ」
「うぅん……あとべとぉ?」
「バーカ、俺様は忙しいんだ。ちゃんと練習しろよ」
「えぇー」


ごしごしと目を擦りながら跡部部長を見上げる芥川さんは、まだ寝起きの覚醒手前で呂律も回りきっていない。
跡部部長は今日は生徒会の仕事で手一杯らしく、部活には顔を出していなかった。というか、今週はずっとそうだ。きっと期限付きの仕事がまとまって入ってくるような時期なんだろう。今もまだ制服姿のままなところ、また生徒会室に戻るのか。
試合を終えてコートから出てきた向日さんが、「おアツいね〜」なんて後ろで呟いている。


「わざわざジロー起こすためだけに生徒会室から降りてくんだからさぁ。甘やかしすぎだっつの」



そういうこと、なのか。
そう言われてみれば、あの光景が盛大なノロケに見えてきて、呆れるしかなかった。
そもそもその本質を見抜いてしまう向日さんの着眼点及び神経も相当なものだが。さすが幼なじみ、あの二人を見守り、時には手も焼いて来たんだろう。



「意外と世話焼きなんですね、跡部部長って」
「ジローにだけだよ、ありゃ」



そうやって鼻で笑う向日さんも、自分と同じように呆れた顔をしていた。

芥川さんと一緒にいる跡部部長には、違和感を感じる。
普段からは見えない・想像もできないような一面が垣間見えるからだ。
言い方に語弊があるが……普通に、見える。普通であることがおかしい。
誰かに気を配ったり、呆れたり、怒ったり、優しく微笑んだり。それはきっと至って普通なことなんだが、氷の帝王には不似合いで、それを向けられる対象が芥川さんなのが、もっとそうで。



「なんで芥川さんには、ああなんですかね」
「あ?そりゃぁ、恋人同士だからだろ」
「それが一番わからないんですよ」
「はあぁ?」
「わからない人だな。もういいです」
「なんだとコラァ!わかってないのはテメェだろうが!このわからず屋!」


キーキー喚いてる子猿先輩を放っておいて、自分も試合のため、コートに向かう。
次にベンチを見ると、跡部部長の姿はなかった。芥川さんは、結局その場に座り込んだまま、また寝息を立てていた。









 部活が終わり、他の部員が帰り支度を終わらして下校する中、芥川さんはまだベンチで寝ていた。どんだけ寝れるんだ、あの人。そして結局一度もラケットを振る姿は見なかった。



「宍戸先輩、ジロー先輩起こさなくていいんですか?」
「かまやしねぇよ、ただの『お迎え待ち』だ。アテられる前にとっとと帰るぞ」
「?は、はい」


鳳だけは唯一気にしていたが、他のレギュラー陣はそれこそいつものことのように彼を置いて校門へ向かう。


「若、どうした?」
「いえ……部室に忘れ物してきたみたいで。すみません、お疲れ様です」


問い掛けた宍戸さんに下手くそな嘘を並べて、俺は一人踵を返す。

部室、ではなく、コートを恐る恐る覗くと、そこには取り残された居眠り屋と、もう一人。



「寝過ぎだ、チビ」
「……あれ、みんないない」
「とっくに終わってんだよ。ったく、結局練習もしてねーんだろ」
「ん、んん、そんなこと、」
「見えてたぞ、ずっとここで寝てたの」
「……え、えっち」
「バカ」


そこでは跡部部長の説教部屋が始まっていた。
肩をすぼめながら、だって、だの、それは、だの、なんとか言い訳を並べようとするも結局全て跡部部長に一蹴される芥川さん。だったら最初からちゃんと練習に出ればいいだろうに。



「あ、跡部はせーとかい終わった?じゃあさ、試合やろう!」
「もう下校時間だ、校舎閉まるぞ」
「じゃあじゃあ跡部んちのコートでやるC〜」
「あのな、俺様は疲れてんだ。どっかのバカと違ってずっと寝こけてたわけじゃないんでな」
「でも帰ったらどうせトレーニングすんだろ?テニスは二人以上でやるもんだよ」
「……」
「俺何ゲームでも付き合うよ、だから一緒にテニスやろ!」


明るく言い放つ芥川さんに、跡部部長は拍子抜けしたように少し目を見開いた後、フッと息を吐き出してゆっくり微笑んだ。

、それは普段の勝ち気で見下すような笑顔じゃない。なんて優しい、愛しさを含んだ笑顔だろう。


「それで練習サボったの、チャラにはしねぇからな?」
「えへへ、ダメ?」
「調子良い奴だな」


跡部部長の手が、芥川さんの頭に伸びる。優しく髪をかき混ぜた後、そのまま自分の方に引き寄せた。その次を自然と察して、顔を反らした。



(………でもなんとなく、わかった気がする。)




跡部部長があの人を選ぶ…選んだ、理由が。
自由人に見せて実は周りも見ていて、純粋無垢で、そしてその愛情はただひたすら真っ直ぐだ。

そんなところが、あの氷の帝王の心も溶かしたのか・なんて。
我ながらクサイことを考えて、自嘲した。



(20160724)














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