冬のこたつは、雪とムースポッキー(冬季限定)の次くらいにすきだ。
あったかいし、ふわふわと自然に夢のなかに誘(いざな)ってくれる。
まぁ寝てたら、母ちゃんに叩き起こされるけど(“風邪ひくわよ!”つって)。





「あ、跡部だー」


家の薄茶色の天井が跡部の逆さまの顔に変わった。俺は夢でも見てるんだろうか。だってうちに跡部がいるわけがない。でもふんわり呟いた名前は夢の中のそれよりやたらはっきり空気中に響いた。じゃあここはやはり、現実の世界なのか?


「“跡部だー”じゃねーよカス」
「っいって!」


ゴッとツムジから固い音がした。めちゃくちゃ痛い。この人俺を蹴りやがった、しかも爪先で。この刺さったような痛みは絶対爪伸びてるだろ、そのお高い靴下に包まれた指先はよっ!


「いたいいたいいたいいたいいたい!」
「お前携帯見てないのか」
「は!?ケータイ!?」


頭を押さえてゴロンゴロン転がる俺を見下ろして(いやむしろ見下して)た跡部がそこにしゃがみこみ、俺と若干顔の位置を合わせて尋ねた(それでもまだ見下してる)。
たしか二階から一緒に持ってきたはずだから近くに…あ、ない。起き上がって、下に敷いて寝たりしてないかも見てみる。んう、ないなぁ。
ゴソゴソとこたつの中を漁れば、固いそれが足元にあるのを見つけた。


「ごめんごめん」
「…なんでそんなとこにあんだよ」
「あ、着信…」


跡部跡部跡部跡部跡部…
すごい、着信履歴にこんな並ぶのめずらCー。発信履歴は大体いつも上だけど。


「なんか用事あった?」
「別に」
「ふーん…、……いやいやあったから来たんデショ」
「なんでもねーよ」
「あー…とりあえず入る?」


そう言ってこたつ布団をぺらりと捲ってあげた。だって寒いでしょ、この部屋。
跡部はさっきからずっと消えない眉間の皺を一層濃くして、俺を睨み付けた。


「…つーかなんだこれは」
「えっ!」
「ア?」
「跡部こたつ知らないの?」


こぼれ落ちそうなほど目を見開く。
あぁ、でも跡部のあの大豪邸にこたつなんてないか。(あったらちょっとおかしい)
こたつって如何にも日本庶民の発想と知恵から産まれた製品だし、それこそ外国育ちの跡部には縁遠いよなぁ。


「コタツ?庶民物品かまた」
「あったかいよー」
「ただのテーブル付きの布団だろ」
「入ってみればわかるよ」

跡部は半信半疑で、でもさすがにどこかしらに腰はかけたいのか、大人しく俺の隣に腰を下ろした。俺を真似るようにこたつに足を突っ込んで。坊ちゃまの跡部クンには地べたに腰を下ろすこと自体不思議かしら?


「…あったけぇな」
「でしょー」
「つーかお前んちが寒すぎる」
「しょうがないじゃん、ストーブ店番してる兄ちゃんに持ってかれてんだもん。あ、代わりにこれ貸したげるよー」


そう言って着ていたはんてんを跡部の肩にかけてあげた。
あぁやばい。不似合いすぎて笑える。思わず噴き出した俺に、跡部がテーブルに乗ってたみかんを瞬時に握って俺に投げつけた。痛い!暴力反対!食べ物を粗末にしない!


「あほべのばか!みかん食べたいなら言ってよ!」
「あほかばかかどっちかにしろドチビ。別に食いたくもねぇ」
「俺がむいたげるCー」
「俺は庶民のみかんは食わねー」
「缶詰のみかんしか知らない奴がみかんのあるべき姿をばかにすんな!」
「アーン?」
「いたい!ごめんなさい!」


またみかん投げられた。これだからお坊ちゃんは。俺はそれでもせっせとみかんの皮を剥く、彼の為に。爪が伸びてたから爪の間に白いヒゲが挟まって、指先はオレンジ色になってしまった。
はい、と跡部の前に置いたみかんを跡部は一切れ取り口に運べば“すっぺぇ”と吐き捨てるように言われた。その甘酸っぱさがいいんじゃないのっ。フルーツポンチのみかんばっか食ってるからだよ。


「おこたとみかんは最強の組み合わせだよー。あ、俺はアイスもすき」
「さむいのになんでさむいもん食うんだ」
「こたつの中はあったかいもん」
「溶けるだろ」
「溶ける前に食う」
「へんなやつ」


そう言って跡部は俺が羽織らせたはんてんを肩にかけ直した。なんだかんだまだ俺のダッサイはんてんを着ているあたり、背に腹は変えられぬほど寒い、らしい。でも段々見慣れてそのはんてんも跡部に似合ってきた。それは多分はんてんが跡部のオーラに浸食されてんだろうけど、
(俺は、跡部がすこしでもこの空間に溶け込んでいるからだ、と)
(そうおもえたら、うれしくて)


「よいしょ、」
「寝んのか」
「寝ないよ。風邪ひくもん。寝転がっただけ」
「あったかい中にいるのになんで風邪ひくんだ」
「え〜…それはぁ…んーよくわかんない…」


そういえばなんでなんだろう。耳にタコができるほど言われたことだけど、そういえば知らないなぁ。
ポカポカした体は自然と意識を遠退かせる。あぁ、だめだ、ねたら、風邪ひく、
(それに跡部と、はなれちゃう)




「顔、赤いぞ」
「んう……」



ぺたりと頬に触れた跡部の手は、ひんやり冷たかった。でも上がってきた体温には、今はそれがちょうどいい。
でも跡部、そんなに寒かったのかな。こんなに冷たくなるまで、わざわざ俺んとこ来てくれたのかな。(うれしいなぁ、うれしいなぁ。)
こたつ布団の中の足を、そっと跡部の足と絡めてみた。指先はやっぱり爪が伸びていた。



「跡部の手冷たいよ」
「お前はアツイぞ。熱でもあんじゃねーか」
「へへ、そうかも」
「風邪ひくなよ」




冬がすきだ。
君の体温が一番近くで感じられるから。





(20110505)
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