(周知の事実だが、)
俺は、よく寝る。
そして夢を見る。
夢でも俺は、テニスをしてる。すごくたのしくて、強い奴に会えるとますますワクワクは止まんない。
夢でも俺は、岳人に朝迎えに来てもらって(叩き起こされて)、宍戸に寝てた授業のノート写させてもらって、忍足の眼鏡に二重丸書いてまるおくんにしたりして、順風満帆な学園ライフを送っている。変わらない風景、変わらないみんな。変わらない、俺。
ただ、アイツだけは違った。
アイツだけ。
違う、違う、俺の知ってるアイツは、いつも優しく微笑みかけてくれた。髪を撫でてくれた。片口に鼻先を寄せれば、そのまま頭を抱き寄せてくれた。
なんで、ちがうの。
そんなに眉間に皺を寄せて、俺を卑しそうに見る。バカ、は口癖だし、チビ、って地雷簡単に踏むし。(気にしてんだからなっ)
だから、夢のなかで、聞いたことがある。
『跡部、俺がきらいなの?』
次には俺は夢から覚めていて、いつもどおり隣には優しく笑った跡部が、俺の耳に唇を寄せた。
そして『きらいなわけねーだろ』、って。あぁ、さっきの応えね。
『すきだぜ』
瞬間、俺の目からは涙が止まらなかった。
目の前の世界が、ガラガラと崩れ落ちていく。微笑む跡部も。
いやだ、いやだ、っいかないで!
「跡部…っ」
目が覚めた。
俺は天井に向けて手を伸ばし、空を掴んでいた。
なにかが頬を伝ってる、唇の端に触れて、わかる。俺はここでも泣いてる。
本当は、分かっていたんだ。
ホントウの岳人は俺を朝迎えには来てくれるけど、そのまま空を飛んで学校に連れて行ってくれたりしない。
ホントウの宍戸はノートは貸してくれるけど、数式がスラスラ書ける魔法のペンなんて持っていない。
(忍足は、…まぁいいや。)
とどのつまり、俺が見ていた夢は現実で、現実だと思い込んでいたのが夢で。
車も岳人も空を飛んでないし、宇宙旅行だってまだ叶ってない。
跡部が、俺にあんなに優しく笑いかけて、好意を全身に浴びせてくれることも、ない。それこそ叶わない。有り得ないんだ。
それは全て、俺の稚拙な願望だったんだ。
(だから、跡部があの言葉を放った瞬間、全てを知り、壊れ、消え果てた。)
だって、跡部は俺のこと、なんとも思ってない。
ただのクラブメイトくらいにしか。
痛いくらい俺は知っていて、分かっているから逃避した。
なのに、なんて融通の効かない頭だろう、ずっと言って欲しくて望み続けた言葉を、ああも簡単にまぼろしとまやかしだと、気付いてしまうのだから。
わがまますぎるよ、ニセモノでも縋ればいいのに。ホンモノは手に入らないんだよ。
それでも、俺は他の誰でもないアイツが欲しいんだ。
(すき、だよ)
「なんだよ」
滲む視界の端で、握られた手を、確認した。
目を見開いたらまた涙がひとつ零れた。
その声も、手も、
(アイツ以外、知らないの)
「あとべ…」
「だからなんだ」
何度も呼ぶな、って。ベッドの隣に立つ跡部が不機嫌そうに返す。
空をさまよっていた俺の左手を変わらず握りながら。
「お前倒れたんだぞ」
「…そっか」
「しかもいきなり。俺様の前で」
「運んでくれたの?」
「樺地がな」
まぁ、そこはそうだろう。
夢の中の跡部ならきっと、お姫様抱っこなんて朝飯前だろうけど。
「ふふ、跡部だ」
「アーン?当たり前だろ。倒れた拍子に頭でも打ったか」
「ちがいますうー」
俺は笑った。
夢の世界は摩訶不思議なこともたくさんで、おもしろくて楽しかったけど。
ずっとあそこにいれたらどれだけ幸せだったか。
それでも俺はここにカエル。
だって、俺は愛しくてあたたかい跡部じゃない、
高飛車だけど本当は気の優しい、この世界のきみに恋をした。
「なぁ、ジロー」
「なに?」
「お前、自分がなに言ったのか覚えてるか?」
訝しげに眉をしかめて、跡部が俺に尋ねる。
おれが、あとべに、?
それは、さっき倒れたとき、あのとき?
「……きらいなわけ、ねーだろ」
ぼそり、と。細い声が、俺の鼓膜を揺らす。
握る手が、ギュッと力を増す。
あぁ、さっきの、応えなの?
(ゆめじゃ、ないの……?)
「すきだぜ、」
耳から鼓膜、そして脳へ優しく響く、それは。
夢にまで見た言葉、光景、そう、ほんとうに、そうでしょう?
俺はまた、涙を流す。
それに跡部は益々顔を曇らせて、「失礼な奴だな、」って。失礼なのは、どっちだ。人の気持ちを汲み取り間違えないでよ。
「俺も、だいすき」
握り返した手の感触は、間違いなくホンモノで。
俺はやっと夢から覚めた。
(20131026)