授業の始まりを告げるチャイムが鳴って、友達のところから自分の席へ戻る。ブン太は私より一足先に例の廊下側の集団から帰ってきていたらしく、既に席に着いていた。


「よいしょっとー」


筆箱を取ろうと机の横に掛けてあるカバンを持ち上げる。ああ、そう言えば私昨日…。昨日ブン太の家で弟達と宿題をやったのを思い出しながら、私はカバンを開けた。……あれ?んん?筆箱が無い?


「どした?」


がさごそとカバンを漁る私の異変に気づいたブン太が声を掛けてきた。財布、ポーチ、ポッキー…。たいして物の入っていない私のカバンの中を漁っても、やっぱり筆箱は出てこなかった。

「ふ」
「ふ?」
「筆箱忘れた…」

「…あ、そういや俺んちにまゆこの筆箱あったかも」。私の言葉を聞いて、思い出したかのように言うブン太。いやいや、あったかもじゃないよ!あったんなら持ってきなさいよそれくらい!
私はどうやら、丸井家で宿題を一緒にやったまま筆箱を忘れてきてしまったらしい。今までこういう事があった時はいつも友達に借りていたのだけれど、今はもう授業が始まっちゃうし…。


「ブン太、シャーペンもう一本ある?」


とりあえず、今の席で私が唯一頼れるブン太に聞いてみる。残念ながら、角席にいる私には前か右か右斜め前の席の人しか声を掛けられる人がいない。前の遠藤ちゃんは超可愛いけど超ギャル。私には到底話しかけられそうも無い。斜め前は、男の子だから無理。そうなると必然的に、私はブン太しか頼れないのだ。


「あー、んー」
「お願いしますブン太様!」


生返事をしながら自分の筆箱を開けるブン太。


「お、あったあった」


どうやらもう1本あったみたいで、「ほらよ」と私にシャーペンを差し出してくれた。はわー!さすがブン太様!信じてました!そんな気持ちを込めて「ありがとうございます!」と両手で私は受け取った。
丁度そのタイミングで先生が入ってきて、日直の風間くんが起立と声を掛ける。それにみんな従って立ち上がり、礼をしてから席に着く。そして私はとうと、席に座るか座らないかの時点で、ブン太から借りたシャーペンの一番上を確認していた。……あ、はい消しゴム付いてないタイプですね。

「ああ、そっか。消しゴムか」
「そうそう」
「消しゴム俺も1個しかねーんだよな」
「そりゃそうですよね…」

私の手元を見ていたらしいブン太が声を掛けてきた。でもシャーペンを2本持ってるのはわかるけど、だからって消しゴムを2個持ってるのは違うよね。というかむしろ、ブン太がシャーペンを2本持っていただけで私の中ではとってもグッジョブだった。だからいいんです。私が間違わなければいいんだもん。頑張れ私!ファイトだまゆこ!

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、何も言わなかったブン太が突如行動を起こした。…ええっ、ちょっと!授業が始まっているため、心の中でそう叫ぶ。

ぎぎ、がたんっ。変な音が鳴り、黒板に字を書き込んでいた先生が振り返った。
そうして、私とブン太の席がピッタリとくっついているのを見て一言。


「おい丸井、授業中にいちゃいちゃすんなあ!」


ざわっ!先生の声に、クラス中が私とブン太の方を振り返った。…ちょ、う、嘘でしょ!先生!普通そんなこと…信じられない!突然のブン太の行動と、先生の発言、極めつけのクラス中の視線に、私は自分で自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
だって、前の席の遠藤ちゃんなんて、ただでさえまあるい目が今にも飛び出してしまいそうなくらいに大きく開かれていて。何故ブン太がそんな行動をしたのかさっぱりわかっていない私は、みんなの目から逃れるようにブン太に目線を移した。


「いちゃいちゃじゃないっす、まゆこが消しゴム無いらしいんで、俺のが取りやすいように机くっ付けただけです」


クラス中の視線を集めたブン太は、けろっとした顔でそう言い放った。な、なるほど…。当たり前のように言ったブン太の表情そのままに、完全に納得できる理由だった。そしてほとんどの人が私と同じ意見だったらしく身体を元に戻す中、廊下側では「ブン太カッコイィー!」、「惚れるわあ!」とブン太の友達の盛り上がりが凄い。ま、あの人達はいつも盛り上がってるけど。


「それなら仕方が無いな」


そう言ってから先生は盛り上がってる箇所にピシャリと稲妻を落とし、再び黒板に向かって字を書き始めた。
そして全ての根源であるブン太はと言えば、先生に怒られた友達の方を見てけらけらと笑っていた。もちろん机はくっ付いたままだ。…ブン太って、優しいんだよね。弟達にもそうだけど、基本的に優しい。友達が多い理由はいくつかあるだろうけど、きっと優しいのだってその理由の1つだと思う。ひとしきり笑い終えたブン太は、ふうと息をつきながら黒板に顔を戻した。

「最初に言ってよね、びっくりするじゃん」
「まゆこ言ったら絶対嫌がるだろい」
「嫌がらないよ!」
「ほんとかよ」
「うん、だってブン太だもん」

ブン太が私のためにしてくれて、何を嫌がることがあるんだろう?確かに恥ずかしくて死にそうだったけど、こうしてブン太がしてくれたことに私はとても嬉しい気持ちでいっぱいだった。でも結局のところ、恥ずかしがり屋な私はそれを上手く伝えられないのだ。
だからとりあえず、いつもよりだいぶ近くにあるブン太のノートの端っこに『ありがとう』の言葉とへたっぴなブン太の顔を描いてみる。それを見たブン太はぶはっと吹き出していた。失礼な!確かにへたっぴだけど、そこまでじゃない!そう怒りを込めてブン太を睨んだ私を見たブン太は、へたっぴブン太の横に下手を通り越してギリギリ人間かもというレベルのものを描いていく。まゆ毛はキリッと随分と凛々しい。そしてそれに矢印を書いて、付け足されたのは『まゆこ』。酷い!これもはや人じゃない!そう思ってまたブン太を見たけど、自分の描いた絵に爆笑しているブン太と目が合って、私も一緒に笑ってしまった。

はぁ。ブン太といると楽しいなぁ。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -