ようやく、私は自分の席へと着いた。


「……」


しかしながら、頭の中は真っ白だった。ブン太の言葉の意味を考えようにも、視界の端に赤い髪の毛が映った途端にそれはあっという間にどこかへ行ってしまうのだ。

席へ着いても私は授業中のように黒板を見ていた。とてもじゃないけど、ブン太の方なんて、見れない。


「なあ」
「!!」


ブン太に声を掛けられて、思い切り肩をびくつかせて振り返る。驚いた顔のブン太と目が合った。……うわ、やばい、笑われるっ!

「あー…」
「……」
「まゆこさ、なんか俺に言うことねーの?」

ええ?ブン太に、言うこと…?想定外に笑わなかったブン太から言われた言葉に、脳内は突然騒ぎ出す。いや、そう言われて頭に浮かぶひとつの言葉は、あるかもしれない。……でもでも!いやいや…ええっ?本当に?机に頬杖をついて私を見つめるブン太と、内心めちゃめちゃ焦る私。


「……」


だ、だめだ。考えれば考えるほど、アレしかない。でも、この気持ちを伝えるにはあまりにも準備が無さすぎる。気持ちを伝える準備も、もし叶わなかった時の自分に対するフォローも……。

「え、わかんねーの?」
「やっ、だってそれは!」
「……そんな食い気味に言われても、普通にバスケのことなんだけど」


……バスケ?


「……あああ!男バスね!あ、や、そうだよね!うん、優勝おめでとうー!」


なんだって分かりづらい!それでも慌ててそう言ってパチパチと拍手をすると、ブン太は呆れたような顔をして。

「嘘だろい…マジでビビるわ」
「う、うるさいな!」
「こっちは今日一日なんかある度、これもしかしたらまゆこの運かもなーって思ってたのに」
「えっ、そんなにいいことあったの?」
「…別に、入らねーと思ったシュートが入ったとか、思ったよりも試合中パスカット出来たとかそんなんだけど」
「……」


…いや、ブン太はそう言うけれども。


「いや、それは普通にブン太の実力でしょ!」
「……」
「普通に考えてブン太がバスケとかフットサル上手いからだよ!それを私の運のお陰にするなんて勿体ないっていうか、おこがましいっていうか」
「……」
「……ブン太?」


突然黙ってしまったブン太は、机に身体を預けたままでなぜだかムスッと拗ねた顔。


「別にいーんだよ、そんなのは」

「俺がまゆこのお陰っつったらまゆこのお陰なんだっつーの」


身体を起こしたブン太の手がスっと伸びてきて、私の頭を撫でる。


「朝、すげえ嬉しかった。サンキューな」


そう言ったブン太が、あまりにも優しく笑うから。私は自分の顔が赤くなるのがわかって、慌てて下を向いた。

……しかしその直後頭から離れていったブン太の手によって、いとも簡単に顔を上げさせられてしまった。


「……」
「……」


無言のまま、再びブン太と見つめ合う。ブン太は一体、何を考えてるの?どきどきと激しく脈打つ胸は、とてもうるさくて、苦しくて。

…私は、ずっと、ブン太のことでいっぱいだよ。



「……まゆこは」



先に顔を逸らしたのは、そして声を出したのは、ブン太だった。


「親父から聞いた俺の初恋の話、覚えてる?」
「えっ」
「……」
「……う、うん。そりゃあ…」


思いがけぬ話題で、言葉に詰まる。それでも一瞬にしてその時の映像が蘇り、ブン太のお父さんが嬉しそうな笑顔が思い浮かぶ。

ふう、と息をついたブン太ともう一度目が合った。



「それ、まだ終わってねえって言ったら、どうする?」



真っ直ぐに私を射抜く、ブン太の目。…初恋が、終わって、ない?


「……」
「……」
「……あー、悪い。やっぱそれはちげーな」


下を向いて右手で自分の目を覆いながら、ブン太はそう言い放つ。

…違う?何が、違う?私の中では理解が全く追いついていかない。


だけど、顔を上げたブン太が、私のことを見ているのはわかる。すごく真剣で、だから目が離せなくて…。



「俺、まゆこが好きだ」



全ての時が止まったように、私には思えた。


「ずっと…マジでずっと、好きだった」

「俺の初恋はまだ終わってねーんだ」

「…まあ、終わる理由が無かったって言うのもあるけど」


だけど、そんな中でも、ブン太だけが動いている。


「でも今年一緒のクラスになってわかった」

「好きだって思ってるだけじゃあ、やっぱだめだった」


……え?


「まゆこ」


どきどきと、ずーっと胸がうるさい。それなのに、不思議とブン太の声だけはよく聞こえるんだ。


「俺はまゆことずっと一緒にいたい」

「生まれた時から一緒だったけど、でもこれからもずっと、俺はまゆこといたい」

「もしまゆこもそう思ってくれるんなら……俺はもう、幼馴染は卒業したい」



「……」


小さい頃から、ずっとずっと隣りにいてくれたブン太。わがままだけど憎めなくて、優しくて面白くて。
私はそんなブン太が大好きだった。でもブン太は昔から明るくて人気者で、だから、みんなのブン太だった。私が仲がいいのは、ただ偶然隣りの家に生まれただけ。それをわかっていたから、幼馴染としてしか思うことが出来なかった。


「……私も」


それから大きくなってもやっぱり人気者のブン太は、更に友達が増えた。テニスも上手くなって、どんどん私の知らないブン太が増えていって。

『ブン太は一体、いつまで私の隣りにいてくれるかなあ』。そんなことをぼんやりと思ったりしたんだよ。


「ブン太と、ずっと一緒にいたい」


大きいブン太の目が、更に大きく丸く開かれる。


「……え、それって」


ぽかんと口を開けたままのブン太が、小さく呟いた。



「私も、ブン太のことが好きだよ」



私がこの気持ちを言葉にする日が来るなんて。そんなことは今まで、一度だって思いもしなかった。自分でもびっくりするほど顔が熱くて、胸がどきどき苦しくて。

だけどいざ言葉にすると、それ以上の気持ちが溢れそうになる。好きよりも大きい気持ちを大好きってよく言うけれど、なんだかそれよりもすごくすごく大きくて暖かいような気がするんだ。

でもこの気持ちに名前をつけるのは、私にはきっと、まだ早いと思うから。だからね、これからもブン太の隣りで沢山の時間を過ごしたいな。沢山話して、沢山笑って、沢山手を繋いで。そしてこの気持ちの名前がわかったら、ちゃーんとブン太に伝えるから。ブン太、もう少しだけ、待っててね?

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