ぼふんっ。いつもよりも3時間近く早い時間にベッドにダイブした私は、枕に顔を押し付ける。
バドミントンの準々決勝、私達は負けてしまった。しかも最後は、私のレシーブミス。
「はあぁ…」
ブン太が組んだのが、私じゃなかったら。そう思う私もいれば、なんだかんだフットサルも勝ち上がったブン太を思えば、3つも出場するよりは、まだ良かったのかなぁとか考えてみたり。
…でも、ブン太とのミクスドは本当に楽しかった。同じクラスになったことの無かった私とブン太だったから、学校で何かを一緒にするなんてほとんど無くて。テニスも、運動会も、去年の球技大会も、いつもは見ているだけだったから。…だから、どんなに前向きに考えてもやっぱり悲しくなっちゃう私は、いつも見ているドラマは録画して、今日は早く寝る事にした。
あーあ。まさか球技大会でこんなに色々思うとは、自分でも思いもしなかった。去年も負けちゃったのは悔しかったけど、後半は特に応援もなくて、友達とずーっと話してたくらいだったのになぁ。
コンコン。
「…ん?」
突然部屋のドアがノックされて、寝転びながらドアの方を向く。……お母さんって、ノックしてたっけ?
「はぁーい」
そんな事を思いながら、とりあえず返事をする。ガチャ…。ゆっくりと開いていくドアの向こうに立っていたのは……。
「ぶっ、ブン太!?」
ドアから顔を出したブン太と目が合って、私は叫びながら慌てて身体を起こす。
「何っ、ど、どうしたの!」
全くもって意味がわからない!でも、ドアから顔を出してるのはブン太だし…てゆーか待ってよブン太が私の部屋に来るなんて何年ぶり?……いやいや、なんでブン太が?
「……」
「……」
「…まゆこ、マジで寝ようとしてたの?」
「……え、まあ…ウン」
いつもなら、これからお風呂に入ったりテレビを見たりと色々し始める時間帯。だからはっきり言って眠くはない。
よって、何言ってんだこいつっていうブン太の顔も、わからなくはない。
「は、なんで?…もしかして具合悪いの?」
「え」
「まさか熱上がったとか…」
「やっ、それは全然!超元気だから!」
乙女の部屋にズカズカと入ってきたブン太は、慌てたような顔で私の目の前に来て。そして、いきなり伸ばされた右手が私の額へと伸ばされる。
「…なんだよ、全然ねえじゃん」
そう呟いたブン太は、まだ心配そうに私を見る。
「だ、だから無いって言ったじゃん!」
「……そうは言うけど、こんな早く寝るとか普通に考えておかしいだろい?」
「それは…」
まさかバドミントンで負けたのが悲しくてなんて、ブン太には言えない。そんなの普通に考えて、は?ってなる。どんだけ悔しいんだよってなるし、絶対おかしいと思われる。
困った私が目を逸らした先に見つけたのは、ブン太の手にある、見覚えのある箱。
「あれ?ブン太、それもしかして…」
「ん?…おわっ、見つかった!」
「……もしかしなくても、プリン?」
急いで箱を後ろに隠すブン太だったけど、それはもう遅い。その箱の中に何が入っているのか、私には、もうわかっているのだ!
「あっ、期間限定も美味しい!」
ブン太が買ってきてくれたのは、いつものと期間限定のものと二種類のプリンだった。公平にジャンケンをした結果、私は期間限定の方を食べることに。
「だろい?それ美味そうだと思ったもん」
「まあここのプリン外れないよね」
「そうとも言う」
私の横でベッドに腰掛けるブン太は、いつものプリンを食べ進める。どうやら、バドミントンお疲れ様と明日の自分にエールをと言う意味で、わざわざ買ってきてくれたみたい。それなのに、ご飯の後に食べようと家にきたのにお母さんにもう部屋に行ったと言われ、先程の展開になったらしい。
食べながら、久しぶりの私の部屋を見渡すブン太。夏休み最終日に大掃除をしたこともあり、部屋の中はまだ綺麗な方。良かった良かった。
「……あれ?」
「ん?」
「あのぬいぐるみ、俺前にお土産で買ってきたやつじゃね?」
「あ、そうそう!てかそこの団体全部ブン太のお土産だよ」
「えっ、そーなの?」
「全然記憶にねえやつもあるんだけど」、そう言ってブン太は立ち上がり、お土産ゾーンへと向かう。立海大男子テニス部はとてつもなく強いため、大会やら合宿で全国へ飛び回る。下手すれば海外も。そんな時、ブン太はいつもぬいぐるみとかキーホルダーとか、色んなお土産を買ってきてくれるのだ。
「そういやさ、いつだか俺馬鹿でけーぬいぐるみ買ってきたこと無かったっけ?」
「あーそれは、こっち!クッションみたいだから、抱き枕みたいにして一緒に寝てるの」
「…ああ、それ?」
「そうだよー」
コトン。早くもブン太がゴミ箱にプリンの空を捨てる音が聞こえた。
私は枕元に手を伸ばし、イルカ型のクッションを持ってくる。もう何年か前になるけど、柔らかくて可愛いから、私の大のお気に入りなのだ。
「はい、久しぶりのご対面!」
「うっわ触り心地最高じゃん」
「ねーでしょでしょ!」
「……こいつと一緒に寝てんの?」
「うん!ねー、寝てるもんねー」
そう言って再び私の横に腰を下ろしたブン太に抱えられている、イルカちゃんの頭を撫でた。うーん、今日もふわふわ!気持ちいい!
「あ、そうだ。ブン太もこっちのプリン食べてみる?」
「……」
「……ブン太?」
「あー、うん。食う」
「うん、はい!好きなだけ食べてもいいよ」
私はそう言ってブン太にプリンを向ける。
「……ん」
でも、既に自分のプリンを食べ終わっていたはずのブン太は、私の方を向いて口を開く。
……なるほど、そうきたか。
「…美味しい?」
一口分掬って、食べさせる。世にいうあーんするというものだけど、私とブン太にとっては昔からしてるし、特別な意味は無い。
プリンを食べて前を向き、もぐもぐと口を動かすブン太。…だけど、いつもならすぐに出てくる感想が、出てこない。あれ、まさか、美味しくない?
「……」
そして、何にも言わないまま、ブン太は私の方へ振り返った。
「あんまり美味しくなかった?」
「…あー、いや」
「うん」
「……」
「……わっ」
やっぱり黙ってしまったブン太が、不意に、私に向かって手を伸ばしてきた。突然で驚いて、思わず目を瞑る。でも、ブン太の手は私の頭優しく撫で、そしてそのままゆっくりと髪に触れて。
触れてくる手はすごく優しかった。どきどきして、胸が苦しくて、息をするのも忘れそうになるくらい。
「……まゆこは、さ」
声を掛けられて、私は目を開ける。
「ん?」
「ああいうこと、他のやつにもする?」
「…え?」
「……あーんってするのとか」
そう話しながら、ブン太は、手で梳いている私の髪を見つめている。
「や、し、しないよ!する訳ないじゃん!」
まさかブン太が、気にしているなんて。そんなこと思いもよらなかった私は、慌てて否定する。でもあんなことが出来るのは、ある程度の信頼関係というものが必要だと思うから。
「そもそもそんなシチュエーションにならないし!大体そんなの、一体誰に…」
そう言いながら、考えてみる。でも私にとって何かをしてあげられる男の子も、してあげたいと思える男の子も、きっとブン太しかいないだろう、なぁ。
「あーいいいい、無駄なこと考えんな」
「なっ、だってブン太が聞いてきたんじゃん!」
「……別に、俺からしたら相手が誰かなんてのはどうでもいいんだよ」
手が離れて、ブン太と目が合った。
「まゆこが思いつくのが誰だったとしても、俺が絶対いやだ」
「つーかそもそも、俺以外の男がまゆこと2人でいるって考えるだけですげえ腹立つし」
ブン太の指が、私の頬を撫でる。
「……俺、」
ぶぶぶーっ!
ガラスのテーブルの上で震えた携帯は、バイブレーションにしているのにも関わらずけたたましい音だった。
一瞬にして、私とブン太はテーブルの上にあるブン太の携帯へと目を向ける。相手は、ブン太のお母さんの携帯。
「……あー」
小さく唸ったブン太は、携帯を手に取り通話ボタンを押す。
「もしも」
『兄ちゃん!やばいよ死にそう!助けて!』
「……わかった、今行く」
スピーカーにしなくても聞こえてきた声の主は、弟のどちらかだったみたい。通話を終了したブン太は、大きくため息をついて。
「…あー明日、バスケとフットサルの練習で早く行くわ」
「あ、うん!わかった」
「……」
ベッドから立ち上がって、ドアまで歩いていくブン太の後を私も追う。廊下はまだ少しだけ、暑いように思えた。
玄関でサンダルを履いたブン太が、こちらへ振り返った。
「ブン太、今日はプリンありがとうね!」
「ああ、うん」
「……じゃあまた明日、バスケとフットサル頑張ってね!私は応援頑張ります!」
「おお」
そう言ってブン太は、ドアノブに手を掛ける。
「……なあ」
「ん?」
「明日の朝、早く行くって言ったじゃん」
「うん」
「前に約束したおにぎり、作ってくんね?」
「……うん、わかった!」
「…うし!明日は絶対負けたくねーから、美味くて、あとでかいヤツでシクヨロ!」
ニヤリと笑ったブン太に、私もピースで返事をして。そしてブン太が家から出ていったのを見て、私はすぐに部屋へ戻る。
部屋には食べかけのプリンと、ベッドの真ん中に置かれたイルカちゃん。……だめだ。全然、寝れそうにない。