「……やっぱこうなるわな」

時計を見て、1人、ため息をついた。

長かったようで短かった夏休みが終わってしまった。夏休み中毎日あった部活の時より、学校の時は大体40分くらいは早く起きる。それは、まゆことの待ち合わせの時間にギリギリ間に合う時間だ。


「あれ、兄ちゃんまだ行かなくていいの?」


俺の家で、母ちゃんの次に遅く出ていくのは、まだ小学生の弟達だ。歯磨きをして、着替えをして居間に戻ってきた2人は、ソファで携帯を弄る俺を見て不思議そうに声を上げた。

今日から、まゆこと別々に登校する。夏休み前もそうだったけど、それは俺に朝練があったからだ。でも、今日からはそれも無い。
もしまゆこに進藤との約束があるとしたら、夏休み前のようにいつもの時間で登校するだろう。…そうなった時、俺もいつもの時間に家を出たら鉢合わせになるかもしれない。
そう思った俺は、新学期早々に遅刻の可能性を残して遅く行くよりは、朝練の時までとは言わなくても早く行こう。…そういう結論に至ったんだけど。


「うん、今日はまだいい」
「ふーん」


まあ、何かある訳でも無いのに早くなんて起きれるはずが無く。結果、いつもの時間起きてしまった俺は、これまたいつもの時間に準備が終わってしまった。

10分…いや、15分も遅れればいいよな。そんくらいならそこまで焦んなくてもいいし。

「まゆこちゃん、待ってるんじゃないの?」
「あー、今日は先行ってる」
「へえ、珍しいね」
「ん」

……そう。珍しいんだ。部活もやってないまゆこが朝早く行くなんて、今まで無かったから。
今の時点で、いつもの家を出る時間を8分過ぎた。あと7分。朝の15分なんて、いつもならあっという間に過ぎるのに。時計を見ながら携帯を弄るだけの8分は、めちゃめちゃ長く感じた。


「それでは、今日の占いの時間です!本日の1位は……」


テレビから流れてきた、星座占い。別にそこまで信じる訳じゃねーけど、なんとなく目を向けると、1位の星座はまゆこのものだった。


「待ち人来たる!こんな時こそ、自分の気持ちに素直になってみて下さいね。ラッキーアイテムはミントガムです!」


…おいおいおい。なんつー内容の占いだよ。夏休みが終わってやっと会えたとか…っていやいやナイナイ!くっそ、今日俺のバスケ応援に来た時の審判、進藤だったら最悪じゃね?……うわ、しかもよりによって昨日買ってきたのはミントガムだし。今日あいつからガムちょうだいって言われても、絶対断ろ。

ぶぶっ。


「ん?」


目標の15分まで、後5分になった。手の中にあった携帯が震えて、テレビから目を戻す。
メッセージの差出人は、まゆこだった。


『もう学校行った?』


それは、たった一言だった。


「あれっ、兄ちゃん?」


でも、それを見た瞬間、俺はカバンを掴んで居間を飛び出した。

「兄ちゃんっ、弁当忘れてるよー!」
「お、悪い!サンキュー」
「うん!行ってらっしゃーい」
「おー」

まだちゃんと靴は履いてねーけど、とりあえず受け取った弁当とカバンを持って、勢い良くドアを開ける。そこには…。


「……あ、まだいたんだ」


目をまん丸にして驚いた表情でそう呟いた、まゆこが立っていた。


「……なんで、お前」


まさか、なんで、でも…。頭の中で信じられないと思う俺の目に、いつもの場所に立つまゆこが映っている。……俺、この間、待たなくていいし待ってねえって言ったよな?

「あの…ブン太、あのね」
「……」
「……ごめんなさい!」

肩に掛かるカバンの持ち手をぎゅっと掴んで、まゆこは頭を下げた。


「その、夏休み前のことなんだけどね、嫌な思いさせちゃって、本当にごめんなさい。…でも私、やっぱりブン太と一緒に学校行きたくて」

「ブン太、ほんと、ごめんね」


しょんぼりと本当に申し訳無さそうに俯いたままのまゆこを見て、俺は思わず口を手で覆った。
……やべえ、にやける。

「別に、いいよ」
「……」
「俺も怒って、ごめん」

顔を上げて俺を見つめるまゆこに、自分でも驚く程素直に言葉が出てくる。夏休みの間、俺が部活で忙しいのはあったかもしれないけど、それにしたって全然会わなくて。思っても無いこと言ったって、何回も後悔してた。

でもこれはたぶん、まゆこも夏休み中気にしてたってことなんかな。だってじゃなきゃわざわざ待ってねーし、わざわざ謝るとかしねえ…よな?


「う、ううん!全然!」


そう言って、嬉しそうにまゆこが笑った。


「……じゃ、時間もやべーし行くか」
「ほんとだ!もう、ブン太が遅いからだよ!」
「うるせー」


前を走って、先にエレベーターのボタンを押しに行くまゆこの背中を眺める。

まだまだ好きになる。どんどん好きになる。何年経っても、何があっても、好きが増えていく。…これからだって、絶対。


「あ、そうだ。ねー、ブン太」
「ん?」
「ブン太が来るの遅いから、ガム味無くなっちゃった。だから1個ちょーだい」
「……ほらよ」
「わぁい、ありがとう!」

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