日も少し傾いてきた、夜6時。会場であるマンションの屋上では、焼肉のいい香りが漂っている。…そう。毎年恒例の、花火を見ながら丸井家とBBQをする時間がやってきたのです!今日は私もお昼過ぎからお母さんとBBQで食べる野菜やお肉を切ったり、おにぎりを握ったりとお手伝いをして。

そしてブン太は、どうやら昨日まで行っていた合宿から今日帰ってくるらしい。「いつもだったら兄ちゃんもういるのにねー」「花火に間に合えばいいけど」。そんなことを話しながら、弟達はお皿に乗せられた焼肉に手を伸ばす。それを横目に、私も焼き目のついた玉ねぎを自分のお皿へと取った。

「ブン太やっぱり忙しそう?」
「うん、夏休み中休みほとんど無いんじゃない?」
「まだ2日とかしか休んでないよ確か」
「さ、さすがテニス部…」

今はもう、夏休みも終盤。それなのにここに来て休みが2日だけって。テニス部って本当に恐ろしい。

そんなブン太とは、光と行ったお祭りの日以来会っていない。…本当であれば、ブン太と一緒にお祭りに行きたくて買った浴衣。柄にある紅い花が、自分を思い浮かべて選ばれたなんて、ブン太は絶対にわからないだろう。
でも、偶然とはいえブン太に見せられたこと。そしてなんだか恥ずかしくなってしまった私は、結局誘うことが出来なかった。



「あっ、兄ちゃん!」
「本当だ、おかえりー」

2人の声に私もお母さん達も反応して、ドアの方へ振り返る。前回と同様久しぶりであるブン太が、そこには立っていた。

「ブン太お疲れ様!」
「おー…やべえマジいい匂い」

そう言いながら、私の隣に腰掛けるブン太。ブン太がいつも使っている、制汗剤の香りがした。

「…何飲む?」
「んー、オレンジジュース」
「了解」

コップを取りに、お母さん達のテーブルへと向かう。その間にみんなはブン太に声を掛けていた。

どきどき。コップを取りながら、何とかしてこの煩い心臓を止ませようと考える。どきどき。何度も何度も嗅いだ時のある香りだもん。今更なんだって言うのよう。……はあ。こんなの、絶対おかしいって思うのに。

席に戻り、持ってきたコップへオレンジジュースを入れて。

「はい」
「ん、サンキュー」


既に焼肉を食べていたブン太の横にジュースを置く。ブン太が来たことで、コンロの方からは先程よりも大きな音が聞こえてきていた。


「…ブン太合宿だったんだってね。どうだった?」
「どうって…んー、まあ死ぬかと思った?」
「ええ!そんなに!」
「あ、でも飯は美味かった」
「……それはやっぱり大事なの?」
「当たり前だろい!一番のモチベーションだわ」

ブン太と話しながら一緒になって箸を伸ばし、私もブン太もお肉をぱくり。私の心臓はどうやら、話し始めると嘘のように普通に戻るらしい。ウンウン。外で焼いたお肉って、超美味しい!


「…あれ」


お盆に並べられたおにぎりを手に取り、まじまじとそれ見つめるブン太。

「これ、まゆこ握ったやつ?」
「え、うん…そうだけど」
「やっぱり」
「…何それ、やっぱりなの?」
「うん」
「……何で」
「だってでかいじゃん、いつものより」
「んなっ」

ブン太から笑いながらそんなことを言われ、カチン!ときた私はキッと睨みつける。

「どうせ!」
「うわ…」
「どうせ私の握るおにぎりは大きいですよーだ!…ふん!」

私だって好きで大きくしてるんじゃないもん!気づいたらなっちゃうんだもん!
頬を膨らませたままブン太から顔を逸らすと、目の前で左手におにぎり、右手には箸を持ってもりもり焼肉を食べている2人が目に入った。しかし2人は野菜も食べなさいとブンママに言われたからか、恐る恐るピーマンに手を伸ばしていて。…全く!この子達はこんなに素直で可愛いのに、ブン太はどうして意地悪なん

「ブゥゥ」

「……」
「……」

突如、私の口から出た音。あまり聞き覚えのない音に、思わず手を止めこちらを見た2人と目が合ってしまった。2人どころかもはや音を出した私ですら一瞬驚いて固まってしまったけど、すぐに両頬から離れた手の持ち主の方へ振り返る。

「ち、ちょっと!ブン太!」
「あ?何?」
「何じゃ…いやてかめちゃくちゃニヤニヤしてるからね口」

膨らんでいた私の両頬を押して変な音を鳴らした当の本人は、お肉に向かわせた箸を止めてこちらを見る。そしてあろうことか、白々しく頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら私を見てきたのだ。…いやいや口元、完全に緩んでますけどね。

「おっと、失礼」
「……ブン太完全に面白がってるでしょ」
「まゆこがすーぐ怒るからだろい?」
「それはブン太がおにぎり大きいって言うからだもん」
「……」
「…な、何よう」

ブン太が何にも言わずにじいっと見つめてくるから、またもや心臓が煩くなってきてしまう。


「言っとくけどさ」


ふいと目を逸らしたブン太は、お肉に目を戻して箸を伸ばす。そのまま大きなお肉を自分のお皿に持ってきて。

「別に俺、おにぎりでかいの全っ然嫌じゃねーし」
「……」
「つーか嫌なんて言ったつもりもねえし」


そう言って、おにぎりを一口。


「むしろ、」
「……」
「……」
「…むしろ、何?」
「……何でもない」
「な、う、嘘だ!何でもあるでしょ!」
「無い」
「ある!」
「……はあ」

睨み合いっこになったブン太から、なかなかに大きなため息をつかれてしまった。そ、そんな大きなため付かなくても!…って待って。これなんかめちゃくちゃデジャブな感じが……ハッ!そうだこれ、怒られた時のだ!やばいまた怒られちゃう!


「ご、ごめうっ」


慌てて謝ろうとした私の右頬に、今度は右から強烈な一突きがお見舞いされた。ブン太が自分の人差し指を、私の頬に突き刺したのだ!


「むしろ、すげー美味かったから次の日も楽しみにしてたのに作って来なかったのは」
「うっ」
「何処の、誰です、かー?」

ぐいぐいっと更に押し込まれる指に、うぅぅと声が漏れる。

「第一、まゆこが作ったって言わねーのも意味わかんねえし」
「……」
「偶々聞いてわかったから良かったけど」
「それは…」
「……まあ、もういいけどさ」

そう呟いて私の頬から離れた指は、そのまますぐ側のコップへと向かっていった。……知らなかった。ブン太、私のおにぎり楽しみにしててくれたんだ。言われてみれば次の日機嫌が悪かったけど…それももしかして、楽しみにしてくれてたからだったの?

ジュースを口にするブン太を横目で見る。別に何でもないことなのに嬉しくて、どきどきしているのが自分でもわかる。見慣れた横顔を見つめているはずなのに、こんなの、まるで私の心臓じゃないみたい。
でも、この煩い心臓の音は紛れもなく私のものだ。そしてそれは、久しぶりに会ったからでも、びっくりしたからでもない。

「ごめんね、ブン太」
「うん」
「…おにぎりで良ければ、また今度作る?」
「……うん」

焼肉を頬張りながら小さく頷くブン太は、なんだか可愛くて。そもそも、焼肉を食べながらおにぎりの話って変だと思う。でもブン太が食べたいって思ってくれてるのが、私にはすごく嬉しかった。

ブン太に初めて怒られた、あの日。沢山の色んな感情が押し寄せてきた私の心の中に、一つだけ残ったものがあった。それは、今まで他の誰にだって感じたことの無いもの。それでいて、想っちゃいけないと思っていたこと。
届かないかもしれない。叶わないかもしれない。そう思っていても、勝手にどんどんこの気持ちは大きくなっていく。会わない間に沢山のことを思い出して、嬉しくなったり悲しくなったり。

はあ。好きになるって、こういうことなんだなあ。ねえ、ブン太。私きっと、今、初めて恋をしているよ。

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