「うっしゃ朝練終わったイエス!」

部室の外に出た瞬間、嬉しすぎて思わず声が出た。

「しかも明日から夏休みとか!最っ高だろい!」
「テンション高…」
「いやむしろここに来てテンション低いお前がわかんねえよ」

俺に続けて出てきた仁王は、相も変わらずふあぁと欠伸をしている。でも今日は朝練も少し早く終わったし!明日からは早起きもしなくていいし!授業も受けなくていいし!部活も一日とはいえ今までよりは早く帰れるだろうし!毎年思う、夏休みって最高!

「この後の全校集会考えただけで眠くなるんじゃ」
「なーる、それはわかる」
「じゃろ?」
「でも明日から夏休みだから許す!」
「意味がわからん」





早く終わったこともあり、他の生徒達と同じような時間に玄関へ入る。これだけガヤガヤしている玄関も久しぶりだ。仁王と別れて、俺は自分の靴箱へと向かった。

いくつかの棚を横切り、A組のところで曲がる。そこで目に入ったのは、いつもの保冷バッグとそれを持ったまゆこの後ろ姿だった。まゆこは丁度靴を替え終わり、校内に入っていくところで。


「…は?」


まゆこ!と声を掛けようと息を吸った俺だったけど、横から出てきた人物を見て、まゆこの名前が口から出ることは無かった。代わりに出たのは、大きな疑問と少しのイラつきが含まれた一文字だった。

俺は自分の靴箱の前をスルーして、靴棚から顔を出す。


「……は?」


やはり、見間違いでは無かった。俺の保冷バッグを持ったまゆこの隣りにいるのは、紛れもなく、進藤だった。並んで歩く2人が少しずつ遠くなっていく。

俺はただ、それを眺めていた。



「…うおっ」
「何しとるんじゃ」

階段へと上がっていく2人の姿が、突然、横から出てきた仁王に変わった。変なものでも見るような目で俺を見ながらそう言った仁王は、後ろを振り向いて、はて?と首を傾げる。振り向いた時に見えた仁王の後ろには、もう2人はいなかった。


「別に」


仁王の登場により動き始めた頭で一応返事をしてから、靴を替えに戻る。いやいやマジで、どういうことだよ。……そんなこと、ある訳無かったんじゃねーの?


「…意味わかんねえ」


靴を替えて顔を上げると、仁王は既にいなかった。俺はそのまま校内に入り、教室へと続く階段へ向かう。

なんなんだよ。あんなの一言も聞いてねーんだけど。階段を登りながら2人の後ろ姿が浮かんできて、苛立ちが募る。
まゆこの隣りにいれるのは、俺しかいないと思っていた。男子が苦手で、でも、幼馴染の俺とは仲がいいまゆこ。そこは変わっていないのに、なんで、隣りにいるのが俺じゃねえんだよ?


「っんだよ、それ」


記憶すら無いような頃から、当たり前に一緒にいたんだ。俺の隣りにはまゆこがいて、まゆこの隣りには俺がいる。そんな毎日が、これからもずっと続いていくと思っていた。……別に、ただ漠然とじゃない。俺はまゆこが好きだから離れないとわかっていたし、まゆこだって俺を嫌ってはいなかったから。きっと何も無くてもいつか自然と恋人になって、大人になったら結婚して、そして変わらず俺はまゆこの隣りにいるんだと、そう思っていた。



教室に入ると、俺の席には保冷バッグがあり、まゆこは自分の席でカバンから色々と取り出していた。

「あれ、丸井今日早!おはよー」
「おー」

牧野の声を聞いて、まゆこは驚いたように顔を上げた。

「おはよ、ブン太早いね。練習早く終わったんだ?」
「……」

俺を見つめるまゆこの言葉には何も返さず、ガムを取り出してからカバンを机の横に掛ける。ガムを口の中に入れた俺は、カバンに乗ったまゆこの腕を掴んだ。

「えっ?」
「ちょっと来い」
「あ、ちょっ」

「どうしたの?」。ぐっと腕を引くと、そう言ってまゆこは立ち上がった。立ったのを確認して、俺は腕を引いたまま教室を出る。

「ブン太、ねえちょっと」
「……」
「わ、わかったから!ついて行くから手離して!」
「…なんで?」
「なんっ」
「……」
「や、なんでも!」

歩きながら少し振り返ると、俺の質問に驚いたまゆこと目が合った。でもすぐにまゆこの目は揺らぎ、周りを気にしているんだとわかって。俺も周りに目を向けると、確かに俺達を見ている。もう一度まゆこを見てから、俺は手を離した。
とはいえ、向かっていたのはもう目の前。2階の一番端にある、空き教室だった。教室に入りながらガムを噛むと、レモン味が口の中に広がるのがわかった。……うし。まだ、大丈夫。


「ブン太、どうしたの?」


空き教室に入る俺についてきたまゆこの不思議そうな声。普通の教室と同じで机も椅子もあるこの教室は、選択授業で何回か使ったことがある。ただ朝の時点では冷房は付いていないから、この時間はほとんど使う人がいない。

開いたままのドアから、色んな声が聞こえてくる。でも今その声は、俺の耳を素通りする、ただの音だ。教壇の上に上がった俺と、ドアの前で立っているまゆこ。俺は教卓に肘をついて、まゆこの方を向く。

「…まゆこさ」
「うん?」
「進藤と朝、登校してんの?」
「……え?」


俺の言葉に、まゆこは目を見開いた。


「……」
「えっ、え、誰かから聞いたの?」
「んーん、さっき見た」
「あー…」


そう呟いて、俺から目を逸らす。


「いつからだよ、…つーかなんで言わねーの?」
「や、だってそれは別に」
「……」
「…別に、ブン太にわざわざ言うことじゃ無いと思ったから」


俺に、言うことじゃない。まゆこの言葉がズドンと落ちてくる。


「…いやいや、それは言うことだろい」
「な、なんでよ」
「は?なんでじゃねーだろ、俺等今まで毎日一緒に学校来てたんじゃねえの?」

イライラを抑えるようにガムを噛むけど、自分でも驚く程に収まらない。

俺は身体を起こして、まゆこの方に向き直った。

「それはそうだけど…」
「じゃあ何、まゆこは俺が突然他のやつと一緒に登校しても、別に気にもならねえし何とも思わねーってこと?」
「や、そういうことじゃないでしょ」
「そういうことだろ」
「なんっ、それとこれとは違うじゃんか!」

「……何も違わねえだろ!」

今の俺には、まゆこの必死の発言さえ、図星をつかれて言い訳しているようにしか聞こえない。俺の声に、反論していたまゆこの肩が大きく揺れた。

「知らねえよ。それとかこれとか、そんなもん知らねえんだよ」
「ブン…」
「要はどうでもいいんだろ?…俺なんて」

俺は教壇を下りて、考えたくもないような言葉を発しながらまゆこへと近づいていく。そんなこと聞いてどうする?そうだよって、頷かれたらどうすんだよ。頭の奥で冷静な俺がそう言っているけど、もう、それは届かない。

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