「うわ…」


エレベーターの中が、有り得ないほどに暑い。


夏休みまであと2週間。当たり前だけど、もう夏だ。完全に夏。太陽はうざいぐらいにギラギラしてるし、風もねえ。でもそんな中、平日は朝と夜、昨日今日の土日なんて1日中外で練習してんだから、俺も頑張ってるよなあ。なんか、こう、驚く程にいいことがあってもいいと思う。…空からアイスが降ってくるとか。


「あ、ブン太」


エレベーターから降りると、丁度玄関から出てきたのはまゆこだった。


「今日も暑いねー、お疲れ様」
「おう。何、買い物行くの?」
「うん、お母さん今日の夜パスタにしようってミートソース作ったのに、パスタ無かったんだって」
「……」
「あはは!たぶん私もさっきまで、今のブン太と同じ顔でお母さんのこと見てた」


「でもね!」、まゆこがそう言って、嬉しそうに財布を自分の目の前に持ってくる。


「お母さんが、好きなアイスとゼリー、買ってきていいって言ってくれたんだあ!」



「…お前、毎週アイス買いに行ってんじゃん」
「でもさ、なんだかんだアイスって食べたくなるじゃんか」
「単純なやつ」
「別にいいでしょ!暑いんだもん」

「じゃ、ブン太は家で沢山涼んでねー」。まゆこがそう言ってエレベーターに向かっていくのと同時に、俺は玄関に入った。靴を脱いでソッコーで靴下も脱ぐ。ひんやりとした廊下の床が気持ちいい。フローリング最高!

「…あれ、兄ちゃんおかえり」
「おー、ただいま」
「……」

俺の手元とカバンを見て、出てきたばかりの居間へと回れ右をして戻っていく弟。「母ちゃーん、兄ちゃん来ちゃったよー」。

……何が?






「暑…」


まゆこを見送った約3分後、俺は再びエレベーターに乗っていた。
弟の声を聞いて玄関に飛んできた母親はどうやら、焼きそばを作ろうと思って全部炒めてからソースが無いことに気づいたらしく、俺に買ってきて欲しいとメッセージを送っていたらしい。さっきまゆこの母ちゃんに向けた顔をこんなにもすぐに自分の母親に向けることになろうとは、さすがの俺も思わなかった。

エレベーターを降りて、外に出る。暑いのは変わらないけど、さっきよりもかなり雲で覆われている気がする。…まゆこ、さっき行ったばっかだしその辺にまだいるよな。


「お、いたいた」


近道である公園を横切るまゆこが目に入って、少し足を早める。公園では、まだ何人もの子供達が遊んでいた。


「あ、丸井の兄ちゃん!」
「ん?」


突然声を掛けられ、足を止める。見ると同じマンションに住んでる、弟の友達だった。遊んでいるのは何人かいるけど、知ってるのは声を掛けてきた男子1人だけだ。

「丸井、部屋にいるー?」
「いるー」
「今日夜花火しようって言っといてー!」
「おー」



「ブン太?」


もう少し先にいたと思っていたまゆこの声が聞こえて、俺は前を向いた。


「え、なんでまた外にいるの?」
「誰かさんと一緒で、こっちは焼きそばなのにソースないんだと」
「……」
「ぶは!そうそう、マジでそれ」

まゆこの恐らく本日2度目であろう顔を見て吹き出しながら、俺は歩き始める。そしてかく言う俺も、アイスを条件に出されて承諾してしまった。空からは降って来なかったけど、まあ無いよりはずっといい。

「え、あの人が丸井の初恋の人?」
「うん、丸井の兄ちゃんと一緒にいる人」
「…明日酒井に言ってやろー」
「ちょっとそれ絶対やめてよね!」
「男子って最低ー!」

「……」

プライバシーもクソもない、元気な子供達の声が聞こえてきた。そうか、やっぱりあいつもそうだったのか…。言われてみれば、確かに自我が出てきた辺りで俺とまゆこの真ん中にいることが多かった気もしないでもない。でもこればかりは、我が弟ながらこんなところでバラされて可哀想だと同情する。
当の本人はと横を見ると、まゆこは意外にも特に何の反応もなかった。


「今の聞こえた?」


まあ、所詮初恋の話だしな。


「うん」
「反応薄」
「だって知ってたもん」
「そうなの?」
「てか、ブン太も初恋私なんでしょ?」
「…はあ!?」

な、なんなんだこいつ!……はあ!?びっくりし過ぎて、ダッシュ20本をやった後のように心臓がばくばくいってる。いや待って自意識過剰なの?それとも俺、知らねえ内に告白してたのかよ?


「や、ブン太のお父さんが前に酔っ払って『家の三兄弟、初恋はみーんなまゆこちゃんだからなあ!』って言ってたから」


……馬鹿かよ!息子のプライバシーなんだと思ってんだよ!


「ただ、2人は一番最初に出会う女の子って私だし、初恋じゃなくて、お姉ちゃんとして慕ってたんじゃないかなと思ってたけど」

「でも今の聞いたら、ちゃんと初恋だったのかもね?」


そう言って、えへへと笑うまゆこ。いやいや、えへへじゃねーよ。マジで。


「ま、それはお姉ちゃんの特権と言うことで!」


俺の真似をして、まゆこは目の横でピースサインして見せる。
でも、あいつらはそうかもしんねえけど、俺は違うだろい?ずっと一緒に育ってきたんだ。お姉ちゃんじゃない、女の子としてのまゆこと。

どうしたら初恋は終わるんだろう。普通はいつ終わるんだろうか。次に好きな人ができたら?何にも思わなくなったら?…まゆこの中ではもう、終わったことになってんのかな。

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