ピンポーン。まゆこんちのインターホンを押して、しばらく待つ。とたとたと歩いてくる音が聞こえて、ドアが開いた。

「よっ」
「…どしたの?」
「まゆこ暇っしょ?」
「……は?」
「アイス買いに行こうぜい」





日曜日の練習試合が終わり、家で絶賛ぐうたらタイム中。…だったはずが、弟達にじゃんけんで負けたせいでアイスを買いに行くハメになってしまった。じゃんけんに負けたものは仕方ないし、まゆこに話したいこともあったから丁度いいかと誘ったんだけど。


「アイス買いに行こうぜって、小学生じゃないんだからさ…」


準備をして出てきたまゆことエレベーターを目指す。夕暮れ時とはいえ、まだまだ暑さは冷めやらない。家に帰ってきてからシャワーを浴びたけど、ちんたらしてたらまたすぐにでも汗をかきそうだ。

「じゃあなんて言って誘えばいいんだよ」
「えー?うーん…」
「まゆこ、俺とアイスを買いに行かないか?アーン?…とか?」
「やだあ気持ち悪い」

エレベーターに乗り込みながらそう言うまゆこは、これでもかと顔を歪めていて。おいおい、そんな顔するか普通?これでも、某金持ち校の部長のイメージなんだけど。やっぱ顔か?それか金なのか?それともどっちも?

「ま、とかなんとか言っても結局行くまゆこも小学生ってことじゃん?」
「違うよ、私はお姉さんだから一緒に行ってあげるの」
「いやいやお姉さんにあんな顔されたらトラウマなるから」
「ええっ、さっきそんな顔してた?」

目を丸くして両頬を手で覆うまゆこ。

「普通の小学生だったら、もう二度とアイス買いに行こうなんて誘えねえ」
「やだなぁ、私ブン太にしかそんな顔しないから」
「……ふーん」
「なーに?」



「それってさ、俺が特別ってこと?」

なんとなく、思ったことを口にした。だってそういう風に聞こえるし。


「えっ」


でもまゆこは俺の方を向いてそう呟いたきり、何も言わなくなった。
ぱちん!自分で言っといてなんだか恥ずかしくなってきて、膨らましたガムを潰しながらまゆこの方を向く。

「……」

エレベーターの蛍光灯の下にいるまゆこは少し俯いていた。なんか言えよ、そう言おうと息を吸ったところで、エレベーターの到着音が聞こえて。

ドアが開くと、すぐに出ていくまゆこ。


「ちょ、おい」


追いかけるように俺もエレベーターを出て、まゆこの横に駆け寄る。

「怒ってんの?」
「お、怒ってないよ!」
「じゃあどうしたんだよ」

俺、なんか黙らせるようなこと言ったか?確かに、俺が特別ってこと?とか聞いたけど。…やっぱり思ったことをそのまま口にするのはあまりいいことではないらしい。時間が経つに連れて、どんどん恥ずかしくなってくる。

「いや、うーん」
「あーいいよもう」
「ううん。ブン太はねぇ」
「……」
「ふふ、うん…やっぱり特別かも」

オレンジの夕暮れに染まったまゆこが、前を向いて小さく笑った。
小さい頃、マンションのすぐ下の公園で遊んでから帰るとき、いつも見ていた横顔。あの頃のまゆこは今ほど男が苦手では無かったけど、それでも結局俺が一番仲良かったし、俺もその時にはもうまゆこのことが好きだった。…考える余地もねえ。俺には、まゆこだけが特別だった。

「でもさぁ」
「ん?」
「ブン太って小学生の時からお姉さんにモテてたよね」
「……そうだっけ?」
「うんうん、可愛いってお菓子とかよく貰ってたイメージ」
「あー、そうだったかも」
「きっとブン太に変な顔するお姉さんは、私が初めてだね?」
「…ってことは、まゆこがその時のねーちゃん達だったら俺はトラウマなってたってことだな」
「あはは!そうとも言う!」

「良かったね、同い年に生まれて」。まゆこはそう言うけど、きっとまゆこの良かったと俺の良かったは違うんだろう。まあでも別にいい。もうずっと、こうだから。





「あ、そう言えばさ」
「うん?」

コンビニで無事アイスを購入し、俺とまゆこはソフトも買って。2人並んでソフトを食べながら帰路につく。

「俺、明日から朝練始まるから」
「あれっ、去年無かったよね?」
「今補欠に入ってっからさ。3年と補欠入ってるメンバーは朝練強制参加なんだよ」
「へえ、じゃあもしかして次も出れそうな感じ?」
「いやさすがに次は無いんじゃねーかな」
「なんでよ」
「……俺が死ぬっほど練習頑張って、万が一にもレギュラーに入れれば出れるけど」

明日から7月に入れば、インターハイまで1ヶ月だ。でもこれからは練習メニュー的に怪我することもまず無くなるし、補欠とはいえこの前の様に試合に出ることはほぼ無いと言っても過言ではない。
そしてこの1ヶ月で正レギュラーに入るには、まじで死ぬほど頑張らないと厳しい。この前入っていた仁王だってもしかしたら抜けるかもしんねーし。結局のところ、最後だからと奮起する3年生は強い。…ま、それでも真田は抜けねえだろうけど。

「えー頑張ってよう」
「もし死ぬほど頑張って出ても、見に来るやついねえとつまんねーじゃん」
「そんなのいっぱいいるでしょ?それこそお姉さん達が」
「……」

ほら、やっぱり少し違う。テニス部は、俺が言うのも変だけどやっぱり毎年強いから人気が高い。だからギャラリーはもちろん来る。でも、それとこれとは違うんだよな。…つーか俺、いつの間にお姉さん好きになったんだよ。

「別にお姉さんに見てもらいてーんじゃねえし」
「え、でも1個上可愛い人多くない?」
「それはめちゃめちゃ多い」
「ね!多いよねぇ」

「…って違うわ話逸れてっから!」

言ってることもどっか違うし、どんどん話も逸れていく。


「明日から朝練だから、俺先行くからな」


ようやく言い出せた本題。元はこれ言いたくてアイス買いに行くの誘ったんだってのに、そうこうしている内にもうマンションに着きそうだ。

「あ、それもそっか」
「ん」
「うん、わかった。でもブン太、朝早くなるのキツいね」
「そうなんだよなー」
「どれくらい早く行くの?」
「たぶん1時間半くらいじゃね?」
「どひぇー!」

夏休みまでを考えると、大体3週間くらいはそうなる。まゆこじゃねえけど、結構しんどいよな。

「可哀想…ってのはまた違うか」
「好きでやってるかんな。でも1時間半はさすがに起きれるか不安だけど」
「そうだよねぇ」

マンションに着いて、俺はボタンを押してエレベーターを呼ぶ。朝起きちまえば、こっちのもんなんだけどなぁ。……あ。

「…まゆこさ」
「んー?」
「朝、電話してくんね?」

エレベーターが来て、まゆこに続いて俺も乗り込む。さっき後悔したくせに、またもや思ったことを言ってしまった。まあ言うだけ言ってみて、でもまゆこ、特に朝得意な訳じゃねえしな。

「えええ、朝?」
「ん」
「……それで起きれるの?」
「え、うん」
「…ま、ブン太も頑張ってるしね。それくらいならいいよ」
「まじ?」

俺の声に、こちらへ振り返ってへへんと笑いながらまゆこは頷いた。…まじかよ。思ったこと言ってみんのも、案外悪くねえかもしれない。

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