風間くん達に声を掛けられて、自分でも困った顔をしているんだろうと思いながら頭を下げ、再びノートに目を戻す。…なんか、本当に不思議。別に仲良くなった訳でも、話すようになった訳でもないんだけれど。でもこんな風に声を掛けられたことなんてなかったからな…やっぱり、ブン太の力なんだろうなあ。

がたっ。そんなことを考えながらノートを移していると、隣りの席の椅子が引かれて誰かが座った。…あれ?ブン太購買に行かなかったっけ。


「……!」


手を止めて隣りを向いた私の目に映った、あまりに想定外過ぎるその人。お陰で驚きすぎて私は声も出なかった。


「こんにちは」


ブン太の席に座って、相変わらずのきらきらオーラを放って私に挨拶をしたのは、なんと進藤くんだったのだ!


「なっ、なんでここに…」


びっくりして頭も口も回らない私の方に身体を向ける進藤くんは、不意に私のノートを覗いていて。「ノート移してるんだ?」なんて質問して来るから、私はもう訳がわからなくなる。

「あ、その、遠藤ちゃんなら私の前の席だよ!」
「うん、みたいだね」
「ええっ」

私なりに進藤くんがここに来た理由を考えたつもりだったのに、軽く流されてしまった。どうして、なんで、何故ここに座っているんですか!進藤くんさん!


「あの、遠藤ちゃんに用があった訳じゃなくて…?」
「遠藤?違うよ、まゆこちゃん今日から登校するって言ってたなーと思って」


そう言ってなんだか照れたように笑う進藤くん。これは、もしかして、いやもしかしなくても、進藤くんは私に会いに来たと言う事で…。

「その…ごめんね」
「え?」
「インフル、もしかしたら試合見に来た時に移されちゃったのかもしれないから。観客もすげーいたし」
「あっ、それは違うよ!私その日の朝から具合は悪かったから、バスケ部の試合は関係無いよ!」
「え、そうなの?」

きょとんと目を丸くする進藤くんに、私はなんて余計な事を言ってしまったんだ!と後悔する。これじゃあ全然フォローになってない!むしろ…。


「…まじか、俺が誘ったから無理に来てくれたんでしょ?」


「ごめんね」。そう言って進藤くんは、申し訳なさそうに頭を下げる。もう!私のばか!フォローどころか、むしろ悪い方向に行ってるよう!

「う、ううんそれは違うよ!バスケの試合、初めて見たけどすごい楽しかったもん」
「ほんと?」
「うん!私テニスしか見たことなかったから、盛り上がりがすごくてびっくりしたけどね」
「あはは、確かに初めて見たらびびるかもね」
「光は慣れてるみたいで笑われちゃったもん」
「そんなびっくりした?」
「こう、いきなり、わあー!ってなったから…あ!」

私の話に笑顔を見せる進藤くんの表情に、安心した私の頭に横切ったもの。それは、カバンの中に入っているあのお菓子だった。
そうだそうだ!わあ、これはこれでラッキーかも!絶対あげるチャンスなんて無いと思ってたけど、まさかこんなことになるなんて。でも元は進藤くんにあげようって買ったんだし!

「あの、進藤くんって甘い物食べれる?」
「えっ、うん。好きだけど…」
「良かったあ!」

1週間ぶりに冷蔵庫から出てきた割に、私が思っていたよりもたくさん出番があって良かったね。そう心の中で語りかけるようにカバンから赤い袋を出して、進藤くんにそのまま大きな口を向ける。

「これね、バスケ部の応援の時に一応差し入れとかした方がいいかなと思って買ったのなんだけど…」
「……」
「あっでも、ちゃんと冷蔵庫に入れてたから溶けたりはしてないよ!ちょっともう、今更過ぎるかもしれないけど良かったら」
「あー、ありがとう」

進藤くんは袋に手を入れると、1つ摘んで取り出した。良かった良かった。このお菓子の意味はもう無いかもしれないけど、それでも進藤くんに渡せたのは奇跡というか、なんというか。
私もついでに自分の分に1つ取り出し、袋をカバンに戻す。

「えーと」
「……」
「…参ったな」
「うん?」

カバンを掛けてから私が顔を向けると、進藤くんは下を向いて頭を掻いていた。


「えっ、もしかして嫌いだった?」


ちょっとやだ、私、また余計なことをしてしまったのかもしれない!困っているように見える進藤くんに申し訳無さで胸がいっぱいになる。うわあ、どうしよう…!

「あっ、それは全然!むしろ好きだよこれ」
「えええ…本当に?」
「はは、うん。本当だよ」

じゃあ、一体どうして…。進藤くんの、男の子の考えがわからない。女の子と違って、何をすると嬉しいとか嫌だとか、当たり前だけどそれが分かりずらい。私だったらお菓子を貰ったら手放しで喜んじゃうし、女の子ってみんなそうだよね。でも男の子ってそうじゃない人もいるし、ブン太みたいに喜ぶ人もいるし、かと思えば表情がわからない人もいるし。ただでさえわからない男の子が、私みたいに関わらなくなると更にわからなくなるんだ。


「うーん、遅出し感すごいんだけど」


ことん。進藤くんがそう言って私の机に置いたのは、自販機で売っているカフェラテだった。

「一応、快気祝い的な感じで…」
「え…」
「あと、それこそさっきまでバスケの試合でインフルかかったと思ってたから、それのお詫びも兼ねてさ」

「でも、結局全部まゆこちゃんに持ってかれちゃったけど」。進藤くんはきっと苦笑いのつもりなんだろうけど、私から見たら、きらきらとはにかんだ笑顔に見えてしまう。

「貰っても、いいの?」
「うん、もちろん」
「…ありがとう!」

持つと、缶はまだ冷たくて。休み時間になってから買いに行ってくれたのかな。ちょっと…いや、全然全く信じられないけど、私のために買いに行って、そして教室に寄ってくれたってことなんだろうか。


「…去年、隣りの席の時にもこうして話せてたらなぁ」
「へ?」


缶を見ていた私は、進藤くんの言葉に思わず聞き返してしまった。

「まゆこちゃん、男子が嫌いだと思ってたからさ」
「あ…ちょっと苦手ではあるかもしれない、です」
「やっぱりそうなんだ?」

男の子と話しているのに、苦手って言うのってなんか変じゃない?肯定してから思わず、えへへと苦笑いしてしまう。


「でも丸井くんといるの見て違うのかなと思って声掛けたんだけど、こうやって話すと去年が勿体ない気がしてくる」


勿体、ない?進藤くんが発したその言葉が自分に向けられているなんて、本当に不思議な気持ちになる。でも、今これだけはわかった。私は、進藤くんの笑顔を見ると、どきどきしちゃうみたい。

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