総体の地区予選の2回戦。仁王とダブルスを組んでいた俺は、サーブを打とうと相手コートを見る。そこで、少しだけさっきまでと違う景色に気がついた。カラシ色のジャージに埋もれそうになっている、白い制服姿の女子がいる。……あれってまゆこ、じゃね?

中学の頃から変わらない俺の視力は、比較的距離がある向こうのコートの外にいる制服女子の髪型や持っているバッグもちゃんと見える。たぶん…いや絶対、あれはまゆこだ。
なんでここにいんだ?いつ来たんだよ。どうやって、俺が試合って…。遠くのまゆこを見ながら、瞬時に自分でも驚く程に色んな事を考える。すると、向こうにいるまゆこが動いた。自分のお腹の高さくらいに手を持ってきたまゆこは、俺に向かって小さく手を振ったのだ。


「…ふっ」


不思議なまゆこの行動に思わず笑ってしまい、慌てて俺は顔を下に向ける。あっっっぶねえ!口からガム出るとこだった!つーか普通、試合中のやつに手振るかよ!
下を向くと、俺の目にラケットとボールが映った。……なんだよ。まゆこ、俺のこと見にきてくれんじゃん!ぎゅうっとラケットとボールを握り、俺は再び顔を上げる。そしてサーブを打つために、ボールを高く上に投げた。







「お疲れ」


試合が終わり、ドリンクを片手にベンチに座っている仁王に声を掛ける。汗を拭いていた仁王は、声を聞いて俺の方へと顔を上げた。


「お疲れ。今日もすこぶる順調じゃのう」
「な、昨日の練習の時より仕上がってる感じあるわ」


昨日急遽決まった俺のメンバー入りは、抜けた神田さんの代わりにシングルスでという訳では無く、仁王とダブルスを組んでのメンバー入りになった。監督も部長も、俺がダブルスに向いているという事をわかっていての選択だったし、仁王とのダブルス自体も今まで全く経験が無いという訳でも無かったからむしろ俺としてはラッキーなくらいで。昨日先輩達のダブルスと試合をしてみたけど、今日の出来はそれを上回るくらいの思ったよりも期待出来そうな内容だった。

「このまま正レギュラーなれるんじゃなか?」
「ふん、神田さんが落ちることはまずねえだろい」
「まあそれは言えとる」
「狙うなら仁王のとこだな」
「おお怖い、お手柔らか頼むぜよ」
「うるせえ」

仁王と話しながら先ほどの小さく手を振ったまゆこを思い出して、1人また笑ってしまう。でも今回はタオルでさり気なく口元を隠してるから、慌てる必要はない。ただ、これはまゆこの行動が面白くてじゃねえ。むさ苦しい部員達の中にぽつんと立っていたまゆこを、俺のことをわざわざ見に来たまゆこを考えるとどうしてもにやけちまう。はあ、携帯早く見てーなぁ。ばかだのあほだのって文句がいっぱい並んでんだよなきっと。

「オオー!」、部員の声が聞こえて、俺はコートを見る。シングルスに出てる真田がポイントを決めたようだった。まゆこを見つけたセットが終わり、コートが立海コートに戻ったさっきの俺達の最終セット。監督と部長のアドバイスを受けてコートを見ると、既にまゆこはいなかった。あの時は試合がすぐに始まったから特に考えなかったけど、バスケ部の試合を見に戻ったんだと思う。

「…真田、一瞬で試合片付けてくんねーかな」
「くく、一瞬て。真田の事バケモンやと思うとるんか?」
「……違えけど、似たようなもんだろい」
「一理ある」

いつだか赤也が「もし立海で無双系ゲームやるんなら、絶対真田副部長最強っすよね」と話していた。確かに、真田って目の前の敵薙ぎ払いそうだよな。吹っ飛んでくモブが目に浮かぶ。その勢いで今日もやってくれよ、真田。


「40−0、真田!」


俺の願いが通じた訳ではなく、恐らく真田の実力なのであろうけど。怒涛の勢いでポイントを取りまくる真田に、湧き上がる立海コート。更に気合いの入る真田。お陰で、真田のセットは瞬く間に終わっていった。



試合が終わり休憩場所へと戻ってきた俺は、荷物を置いてすぐに携帯を確認した。『ブン太のあほー!』『昨日出るなら言ってって言ったでしょ!』などなど、まゆこから送られてきたメッセージを確認すれば、やっぱり怒っていて。でもこうやって怒っていても、何だかんだ見にきてくれるのがまゆこだ。


『キットカット、ちゃんと食べた?』


最後に送られてきていたメッセージに、今日何度目かの1人笑い。そういうところを気にしているのもまゆこらしい。当たり前じゃん、むしろ昨日から我慢してたわ。…まあそれは言えないけど。
そしてさっきまでの俺の気持ちを伝えるのに、まゆこに対して見に来てくれてありがとうって言うのは違うんだ。まゆこが俺の試合を見に来るのは、当たり前。本人は、きっとそう思っているから。

その代わりに俺は、こうやって返す。


「キットカット美味かった」
「サンキュー」


俺がありがとうと言うのは、こっちの方だ。なんて返って来っかなぁ。今更まゆこの連絡を楽しみに思うって、なんかすげー変な感じだ。けど、普通の好きな人だったらこうなるんだろい?



でも、家に帰っても、夕飯を食っても、風呂に入ってもまゆこから返事は無かった。隣りの家だから何かあったらすぐにわかる。でも何にもねえ。

まゆこ、どうしたんだよ?

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