「あ、丸井!」


いよいよ総体が明日に迫ってきた。ランニングと軽い打ち合いをし終わり、試合の準備をするようにと部長から指示が出たところだ。一応補欠に入っていた俺は、ラケットを持ってコートの移動をしようと部長と監督に背を向けて歩き始めていた。


「なんすか、部長」


俺に声を掛けたのは部長だった。振り返って部長の声に答えると、部長は監督の方をちらりと見る。


「監督がお前に話あるってよ」
「…うっす」


……監督が?大会を明日に据えたところで俺に話すことがある。でもそれがさっぱりわからない、という訳ではない。もし、今日この場面で話すことがあるというなら、恐らく1つしかないから。
俺は部長と一緒に監督が座るベンチへと向かった。



「監督、なんですか」
「…丸井、最近調子がいいんだってな」
「ああ、…まあ」

調子がいい、監督はそう言ったけど、少し違うかもしれない。先週のまゆこと一緒に帰ったあの日から、レギュラーに入りたいとがむしゃらに試合をこなしていた結果、他の補欠に選ばれた何人かには負け無しで。なんだかんだ、やる気っていうのはめちゃくちゃ重要だとわかった。

「神田のことは聞いてるか?」
「神田さん?…あれ、今日いないっすね」
「あいつ、インフルエンザなんだと」
「えっ……まじすか?」

神田さんは、2年生の頃からレギュラー入りしている先輩だ。とりあえず、何があってもメンバーからは外れないだろうと言われる内の1人だった。

「ああ、今日の朝学校と俺に連絡があってな。…という訳で、丸井」
「……」
「明日、代わりに団体戦出れるな?」
「…はい!」







「ふー」


今日は明日が大会ということで、部活が早く終わった。若干薄暗いとはいえ、真っ暗になるまで練習をしていた昨日までとは全然違う。腹減ったあ。家に着くまであと少しだ。今日の夜飯何かなー。そんなことを考えながら俺はマンションから近いコンビニを横切った。

「ブン太あ!」

「…おお、まゆこ」
「お疲れ様!」

名前を呼ばれてすぐに、腕にポンと軽い刺激。横を見ると、コンビニの袋と財布を持ったまゆこが立っていた。

「今帰り?」
「うん。まゆここんな時間にコンビニ行ってたの?」
「そうそう、お菓子買いに来ちゃったんだぁ」

えへへ。嬉しそうに笑ってるまゆこに、俺は言わなきゃいけないことがある。むしろ、その為にあれだけがむしゃらに試合をこなしたと言っても過言ではない。


「…何買ったの?」
「ええー、うーんと…」


袋を開けてあれこれと買ったものを上げていくまゆこ。昔から、何処かへ行く前日にこうしておやつを買うのは変わらない。学校の遠足の時も、水族館に俺んちとまゆこんちで一緒に行く時も、まゆこはいつも俺を呼び出しては近くのスーパーに一緒に買いに行っていた。「明日楽しみだねえ」、そうやってにこにこ笑いながら、お菓子を買っているまゆこを思い出す。……だから、わかっちまう。今この瞬間にも、まゆこが明日を楽しみにしてるってことが。


「あ、ブン太にはこれあげる!」


袋の中を覗いていたまゆこが思い出したように声を上げた。がさごそ。歩きながら広げられた袋から出てきたものは、キットカットだった。すっげー笑顔っていうか、ドヤ顔のまゆこに吹きそうになる。おいおい、そのまんま過ぎるだろい。…いや待て、俺が明日試合に出ること知らねーよな?

「なんでキットカットだよ」
「えっ、…だってさ、もしかしたら何かがあってブン太出れるかもしれないじゃん」
「……」

なんと言うか、これが女の勘ってやつなのかと少し驚いてしまった。そして俺よりもまゆこの方が、俺のことを前向きに捉えていて。…あーあ、こうなるんなら、嘘でも出れるって言っときゃ良かった。神田さんもインフルなるなら言ってくれよなあ。
まあ、そんなことを思っても、時間は戻らない。でもまゆこが楽しみにしているのをわかっていて、明日俺が試合に出るというのはやっぱり伝えずらかった。

「ま、サンキュ」
「いいえ!ちゃんともし出れるようになったんなら、連絡してよね?」
「はいはい」
「試合の前にキットカット食べるんだよ?」
「わかりましたー」
「またそうやって!ほんとブン太って適当!」

…はあ。まゆこ、言わねーと怒るだろうなぁ。今ですらぷんすかしているまゆこを見ながら思う。でも言ったら言ったで、結局来ないんじゃんってなったら、それはそれで俺的には明日のモチベーションに直結する。今の俺にはモチベーションは最重要項目だ。俺は頭の中で、怒れるまゆことさっきまでの楽しそうなまゆこを比べる。……まあこいつ、怒っても怖くねーし。軍配が上がったのは、楽しそうなまゆこだった。



「明日誰と行くの?」
「明日はほら、あの、仁王くんの彼女と仲良い…」


まゆこの説明に、顔がぼんやり浮かんでくる。ああ、あの子か。確かに、仁王の彼女と一緒にいる時も、まゆこと一緒にいる時も見たことがあった。

「その子は仁王の彼女とは行かねーの?」
「うんとね、バスケ部の人が彼氏で応援行くって言ってたから、それで私も一緒に行こうと思って」
「…へえ」

どいつもこいつも彼氏彼女って。…俺だって、たぶん彼女を作ろうと思えば出来ると思う、なんて言ったら最低だけど、告白自体は何度もされたことがある。でも、やっぱり他の誰でもだめだ。隣を歩くまゆこを、横目で見る。この位置にいるのは、俺の隣りを歩くのは、まゆこじゃねえと嫌なんだ。

マンションに入り、エレベーターに乗る。いつものようにボタンを押してドアを閉めた。
下を向いて再び袋の中を覗いているまゆこの髪が、さらりと流れる。俺はなんだかまゆこの髪に触れたくて、手を伸ばした。

「…わあ!」
「あ、わり」
「びっくりしたー、どうしたの?」
「……別に」



エレベーターが着いて、ドアが開く。まゆこが歩き出してから、俺も1歩遅れて歩き始める。まゆこに対して俺だから出来ることがあって、俺だからわかることがあって、そして俺だから許されることがある。それはまゆこを好きな俺にとっては嬉しいことだった。…だった、はずだ。

俺達は何にも変わっていないのに、何かが変わっていってる。

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