玄関に着くと、まゆこは急ぎ足で靴箱へ向かった。…それにしても、すげー人の数。玄関は帰る人、迎えを待つ人でごった返していた。こんなんだったらもっと遅く帰れば良かったかも。そう思いながら、俺もまゆこに少し遅れながらも靴箱に着いて。でも、傘を取りに行ったのか既にまゆこはいなかった。
1人で靴を取り出していると、俺の靴箱のある棚より1つ奥の棚から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「あーもう、俺カフェラテ買いに来ただけなのに」


まだ笑いの含まれた、聞き覚えのある声だった。


「バスケ部は雨降っても関係ねーもんなあ」
「そうなんだよ。俺も一緒に休みてえな」
「とか言って、この前の練習試合きっちりスタメンだったんだろ?」

靴を地面に置く手が、思わず止まる。再来週の大会を前にしての練習試合でスタメンって、それ、大会もじゃねーの?確かに牧野はバスケが上手いって言ってたけど、2年で、この立海で、しかもたった5人のスタメンに選ばれるってただの上手いじゃねえだろい。

「まあそれはそうだけどさ、でもこうやってみんなで帰んの絶対楽しいっしょ」
「まーな。俺らこの後カラオケ行くし」
「うーわっ、俺も行きてーわ!」



「ブン太?何してるの?」

俺がなかなか来ないのを不思議に思ったまゆこが、靴棚まで迎えに来てくれた。「あ、わりい」。俺は一言返してから、靴を履いてまゆこのところへ歩く。

「何か忘れ物?」
「ううん」
「じゃお腹痛い?」
「…なんでだよ」
「なんか、屈みながら止まってたから」

まゆこが心配そうに聞いてくるけど、俺としてはなんか恥ずかしくなる。そう見えんのか、あの体勢って。確かに変な体勢ではあったけど。

「痛くねーよ」
「そう?なら良いけど」

そう言って振り返り、玄関のドアへと向かうまゆこ。ばほっ。傘を広げて「ブン太行くよー」と俺に声をかける。そのまま雨の中に進んだまゆこの傘に、身体を屈めて俺も入った。俺が入ったのを見ると、まゆこは歩き始め……あれ、このまま?

「ちょ、おい!これは低すぎだろぃ!」
「文句言わないで、私はこれでベストなの!」
「いやそりゃそうだろうよ」
「えっへん」
「褒めてねーし」


はぁ。俺はため息をついて、まゆこから傘の所有権を奪った。


「あっ」


簡単に俺から傘を奪われたまゆこの、小さな悲鳴が上がった。よくよく考えてみれば、小学生くらいを最後に、こうして相合傘というものをした事が無い気がする。雨でも大体どこかの体育館で部活はあったし、今回みたいに無くなったとしてもクラスの違うまゆこにわざわざ連絡する事も無かった。

「ん、これこれこの高さ」
「……」
「…まゆこ?」
「ううん。…ブン太、大きくなったなあと思って」

俺の顔を見上げて、しみじみと言うまゆこ。いつもよりも近い俺達の距離は、きっと傍から見れば普通の友達の距離ではないだろう。でも、俺とまゆこは友達だ。これが俺達の普通で、俺達の距離。近すぎて、特別だって気がつけなかった。それは当たり前じゃないのに、当たり前だと俺は思っていた。

「お前は俺の母ちゃんかよ」
「えー、私の子どもがブン太かぁ」
「待ってすげー嫌そうなんですけど」
「や、嫌じゃないよ!全然嫌じゃないんだけど」
「けど?」
「…だって、ブン太はブン太だもん」

そんな風に拗ねたように言われたって、俺はどうすりゃいいんだ。

「…あ、そ」
「だってさあ、ブン太は私のお父さんになりたい?」
「……」

まゆこの父ちゃんになる…それを聞いて思い浮かぶのは、まゆこの本当の父ちゃんだ。確かにまゆこの父ちゃんに俺はなれない。そして、なりたくない。

「なりたくない、な」
「ね、でしょ?…とはいえ、なりたくないってのは酷い!」
「なりたいかって聞いたのまゆこじゃんよ」
「それはそうだけど」
「俺はまゆこのお父さんにはなりたくないでーす」
「…お父さんに言ってやる。こんな娘いらねーってブン太に言われたって」
「ちょおま、それはまじで悪意ありすぎだろい!」

俺の反応を見ながら、面白そうにけらけらとまゆこは笑う。この居心地のいい距離感は、俺を甘えさせる。俺が話せばまゆこはいつでも笑ってくれるし、これからもそうだろうけど。でもそうわかっているから、この距離を縮められない。俺、いつからこんなにまゆこが好きだったんだろう。

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