「だぁーから傘持ってきた方がいいって言ったでしょ!」


教室内にいても聞こえてくる雨音を背に、ほんの少しだけバツの悪そうな顔のブン太に向けて私は言葉を放つ。今日の天気予報は、朝から雨だった。でも朝は思いの外晴れていたおかげで、いつも通り家から出てきたブン太は傘を持っていなくて。ただ私は以前、同じように傘を持って行かずに雨が降って痛い目にあっていたから、ブン太にも持っていった方がいいと何回も言ったんだけれど。「だぁーいじょーぶだって」と私を適当にあしらって持ってこなかった。

「ごめんってー」
「絶対思ってないもん」
「…わかったわかった、次からは天気予報見てちゃんと持ってくっからさ」
「……」
「絶対!まゆこ様に誓います!」
「…本当に?」
「おう!マジで!」
「わかりました。…では、はい」

私はそう言って小指を差し出す。「げえっ」、そうとっても嫌そうな声を出す、とっても変な顔のブン太。でも私が小指を更に突き出すと、渋々自分のそれを私のに絡めてくれた。
これは昔から私とブン太でやっている事で、何かあれば私はすぐに指切りげんまんをするようにしている。なんでかと言うと、丸井ブン太という人間は、ものすごーく適当だから。「宿題やった?」「おーやったやった」っていうのはまずやってない。「ねーこれ可愛くない?」「おー可愛い可愛い」っていうのは大体見ていない。…私の中のブン太は、おおよそこんな人間なのだ。だから小さい頃の私は、大事な事は指切りげんまんをするようになった。そして、ブン太が嫌がる原因は。


「ゆーびきーりげーんまーん」


恒例の歌を歌いながら私は手を上下に振る。ブン太は繋がっていない方の肘を机について、その掌に顎を乗せながらそれを見ていて。

「うーそつーいたら」

「駅前のプリンノーマルと期間限定のどっちもおーごる!」
「出たー」
「ゆーびきった!」


歌の終わりと共に、小指を離す。


「よしっ」
「まゆこいっつもプリンじゃん他のにしろよなー」
「だってプリン美味しいもん」
「だから別のにしろって言ってんの」
「ブン太が約束守ればいいんでしょ」
「……」

ブン太が嫌がる原因は、約束を破った時にさせられる事にあった。小さい頃は、通例通りに「針千本飲ます」と言っていた私だったけど、約束を破ったからと言ってもまさか本当に針千本を飲ませる訳にもいかないし、ブン太も当たり前だけど全くそんな気はない。そんなだからブン太も約束を破っても全然気にしていなくて。
でも少し大きくなった私は、気づいてしまった。もっと現実的なものにしたらどうだろうかと。それで中学生になってからは「ブン太のプリンを貰う」ことにしていたんだけれど、今はもう少し大きくなって自由も増えたから、奢ってもらうということに変わっていた。


「…じゃあそろそろ行くか」
「はーい」


ブン太も次からは傘を持ってくると約束もしたし、今日は傘に入れてあげますかね。今日の午後から降り出した雨のせいで、ブン太の部活は休みになった。もっと早くから降っていれば、きっと体育館の手配も出来たのだろうけど。そして傘を忘れたブン太は私の傘に自分も入れて欲しいと頼んできて、冒頭に続くのである。

ブン太が立ち上がり、カバンを持ってドアへと向かっていく。私も立ち上がって友達にばいばいをしてから、先に出たブン太の後を追いかけた。

「いやぁ」
「ん?」
「こうなるとさ、ブン太、次も傘忘れてちゃっていいよ?」
「絶対やだ」
「えーけちー」
「けちじゃねーし、むしろ俺、毎回ちゃんとプリンあげてっからな」
「そりゃそうだよ、約束破ったんだもん」
「……俺も次まゆこがなんかやったら絶対指切りげんまんしよ。んでプリン絶対奢らせる」
「ぷぷー!ブン太も結局プリンなんだ?」

お母さん達が学生の頃からあった駅前のプリン屋さんは、私とブン太も大好きで。ブン太が部活でお菓子作りの時間が減ってからは、もっぱらそこのプリンが私達のデザートだった。


「そうだよ。だってあそこのプリン一番うめーもん」
「ねー、そうだよね」


それでもこうしてブン太も同じ事を考えていると思うと、嬉しいというか、安心するというか。テニスがものすごく強く上手になっても、私の知らない友達が沢山増えても、ブン太はやっぱりブン太のままなんだなぁ。そうしてこれからも、そんなブン太で居てくれたらなぁ。ブン太はきっと気づいていないだろうけど、私はそう思わずにはいられないんだ。

階段を降りれば、自販機を通り過ぎた先に靴箱がある。雨の日の靴箱と玄関は、あんまり好きじゃない。だってドアが開いてるからすごくじめじめするんだもん。でも、ここを出たってどうせ雨でじめじめはしている。だったら早く家に帰って、お母さんが昨日買ってきたけどお腹がいっぱいで食べれなかったプリンを食べちゃおう!そうしよう!そうやって内心テンションを上げ、ようやく靴箱の目の前までやってきた。

ただでさえ人の多い時間帯に傘を取りに行く手間もある今日の玄関は、いつもより混んでいる上に湿度もすごい。やだやだ早く外出たい。私の靴箱の前が混んでいないのを願いながら、急ぎ足で向かった。

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