「おいしょっと」
ボールがたくさん入った籠を4つ器具室から出したところで身体を起こした。ついでに腰も伸ばすと太陽が見えて眩しい。今日はよく晴れてるなあ、部活暑いだろうなあ。テニスコートの整備をしている一年生を見てマネージャーらしいことを思った。
「天子ー」
「あ、イッシー」
声をかけてくれたのはイッシーこと副部長の小石川。
「白石が呼んどったで」
「蔵が?何で?」
「今日の練習の話やって」
「あーわかった、じゃあこれ運んでから行く!」
そうと決まれば急いで持って行かなきゃ!そう思って2つの籠の取っ手を掴んで持ち上げる。重いけど練習の話はなるべく早く聞いた方がいいだろうし、そんなことは言ってられない。
「っと」
「え、イッシーいいよ!」
「俺が運べばその分早く白石んとこ行けるやろ」
「そりゃそうだけど…」
ほんなら早よ行くで。イッシーはそう言って歩き出した。うん!あたしは返事をしてイッシーを追いかけようとしたけど、籠をものともしない男子に籠の重さでふらふらしてる女子が追い付けるわけもなくて、イッシーとの距離は少しずつ離れていく。
「待ってよイッシー!」
「…おお、すまん」
「せっかく一緒に行ってくれるんならさ、なんか話して行こうよ」
「すぐそこやん」
「テニスコートはすぐそこでも、ドアはずっとあっちにあるんですー」
「…まあ確かに」
「じゃあ質問!イッシー好きな子いる?」
「おらん」
「即答…」
「天子はどうなん?」
テニスコートの角を曲がったところでイッシーが聞いてきた。イッシーが言っているのは蔵とのこと。てかもはや蔵以外の部員のみんなにはばれてんじゃないかと思うくらいみんな知っている。どうしていつばれたんだろう…。
「相変わらず変化なしかなあ」
「まだかいな」
「まだって何よー!」
「なんか行動起こさなアカンとちゃうん」
「……」
「白石もモテんわけやないし」
…わかってるよ、そんなこと。イッシーが心配してくれてることもね。でも自信がないんだもん。蔵みたいな人と付き合おうなんて恐れ多い!って思っちゃうあたしがいる。何か行動を起こして嫌だって思われたり蔵と気まずい関係になるよりだったら、今みたいに楽しいままでいい。
「うん…」
「ちょ、いや、そんな落ち込まそうと言ったんとちゃうで!ただ、ちょっとなあ…」
「え?」
「お、コートやな。じゃあ中までは俺持ってくから、天子は白石んとこ行ってき」
「あ、それじゃお願い!ありがとう!」
イッシーにお礼を言って部室に向かおうと振り返ると、空をぼーっと眺める蔵がいた。あたしも空を見てみたけど特に変な形の雲もない。でもあんな風にぼーっとする蔵も珍しいし、ちょっと脅かしてみようかな!あたしはそう決めると、そろそろと蔵の後ろに近づいていく。ちょうど部員がブラシを持って行く音があたしの足音を消してくれた。でも、どきどきしながら近づいていくあたしの頭にイッシーの言葉が浮かんだ。…行動起こさないと、かあ…。
「うわっ」
手を目一杯伸ばして背の高い蔵の目を隠す。これが今できる最大の行動を起こした結果!むしろあたし的にはすごい行動起こした方だよ!
「……」
「天子やろ?」
「え!」
あたしはびっくりして手を離した。声出したらわかるから何も言わなかったのに…なんでわかったんだろう?
「なんでわかったの?」
「手こんな細いん天子しかおらんやん」
「ほ、細くないよ!」
「……」
違う違うと前で手を振るあたしの手を蔵は掴む。え、手、えー!どっどっどっ。もはやどきどきよりも速くなっている鼓動が息苦しい。
「ほら、細いやん」
そう言ってあたしの顔を見た蔵と目が合った。掴まれた手からこのどきどきが伝わったらどうしよう。でも振り払うなんてことはできないし、したくはなくて。
「…なあ」
「…ん?」
ゴーンゴーン。練習の始まりを教える鐘の音が聞こえた。何か言おうとした蔵がハッとして周りを見渡した。
「もうこんな時間か…。えっと、今日の練習についてなんやけどな」
「う、うん」
手を離して説明を始めた蔵。あたし、まだどきどきしてる。蔵はどうもなってないの?あたしは苦しいくらいにどきどきしてたよ。
平然な蔵の顔がちょっとだけ悔しいよ。