学校の近くの公園。今日は雪が止んでて、俺とせいなはベンチに座っとる。

「雅治ー」
「んー」
「雅治ー」
「ん」
「…雅治!」
「なーに」

ちょっと呆れながら俺は返事をした。

「雅治って、ちゃんと返事してくれるよね」
「…何じゃいきなり」
「ううん。そんなとこも好きだなーって思ったから言ってみただけ!」

んふふー、とせいなは幸せそうに笑う。

「…よし、じゃあ雅治は目瞑って!」
「は?」
「いいから、目瞑るの!」

せいなに言われてしぶしぶ目を瞑る。閉じる寸前まで、せいなは変わらずにこにこ笑っとった。

「開けちゃダメだよ」
「おん」
「絶対ね!」
「はいはい」

少し間が空いて、いきなり頭に腕が回ったかと思うと抱きしめられた。

「雅治、大好きだよ」
「え…」
「ばいばい」

せいなの声の後すぐに、頭に回っていた腕も、額に当たっていた胸も、全て消えた。
俺は驚いて目を開けた。

「せいな?」

周りを見渡す。走り去った音も聞こえないし、それらしき人もおらん。気持ち悪いくらいに心臓が脈打っとる。せいな?どこ行ったん?



目が覚めた。カーテンの隙間から眩しい光が射し込んどる。心臓はやっぱり気持ち悪いくらい脈打ったまま。でも、ここは公園やなく俺の部屋。昨日せいなと一緒に寝たまま何も変わっとらんくて、安心した。

「…あれ」

腕に何も乗っとらん。昨日、せいなに腕枕しながら寝たはずやのに。俺は布団を引き剥がした。誰も、おらん。

頭の中が真っ白になった。

せいなが消えるんは昨日だったんか?こんなにいきなりなんか?何も考えられんくて、気づいたら部屋を出とった。せいな、せいな!
階段を駆け下りて玄関に走った。外に出てどうするなんて、そんなんはどうでもええ。自分でもようわからんけど外に出んといけん気がした。

「どうしたの?」

突然後ろからかけられた声に、思いっきり肩が震えた。

「せいな…?」
「朝一で何かあったの?」

エプロン姿で居間のドアから顔を覗かせるせいな。不思議そうにこっちを見とる。せいな?本物の?
俺は頭が真っ白なまませいなのところに歩いていく。

「あれ、用事は?」

俺の行動に困惑しとるのか、せいなは俺を見つめて動かない。そんなせいなの前に立った俺は、せいなを抱きしめた。

「え、あの、雅治?」
「……」

せいなは居る。今、俺の腕の中に居る。ふわふわした髪も、細い肩も、温かい体温も全部ある。いなくなってなんかせんかった。
俺の胸に耳を当てたせいなが顔を上げた。

「すごい心臓どくどくいってる」
「そうやろ」
「やっぱり何かあったの?」

…なんでそんな心配そうな目で見るんじゃ。何もない。強いて言うなら朝から走ったのが堪えたくらい。強いて言うならおまんが居らんのにびっくりしたくらい。

「んん、ん」

せいなにキスをする。何度も何度も。離れるたびに恋しくなって、またすぐに口付ける。好いとうよ、せいな。唇からこの気持ちが全部伝わればいい。
そう、何もなかった。強いて言うなら、思っとったよりもずいぶんとせいなを好きやったって気付いたくらい。

いい加減に苦しくなってきたから口を離すと、せいなは背中に回した俺の腕に寄りかかるようにくたっとなった。

「せいな?」
「酸欠〜…」

ぐわんぐわんいっとる視界のせいか、焦点の合わないせいな。俺は申し訳なくなってせいなを居間のソファーに運んだ。
居間のテーブルには目玉焼きとサラダが乗っとった。

「大丈夫か?」
「…ううん。大丈夫じゃない」
「え」
「強豪テニス部のレギュラーと同じ肺活量だと思わないでよ!ばか!」
「…すまん」

せいなの横に座って髪を触っていたけど、怒られたもんは仕方ない。でも心配させられた俺の身にもなってみんしゃい。本当、朝からあんなに走ったのなんて何年ぶりかわからん。

「…もういいけどさ」
「……」
「……あ!みそ汁!」
「は」

酸欠なのが嘘のように起き上がってキッチンに戻るせいな。よかったー、溢れる寸前だったよ、なんて。

「え、てかおまん何しとるん?」
「何って朝ごはんの準備だよ」
「なんで」
「あ、キッチン借りてます!」
「知っとるけど」

じゃあ今ご飯もよそうから、雅治は座って!
そう言ってせいなは、俺の質問はどこかに飛んでいったのかのように普通に盛り付け始めた。…はあ、何じゃこいつ。

「俺もなんか手伝う」
「え、いいよ?後はご飯とみそ汁だけだし…」
「さっきまで酸欠だったやつに働かせれんやろ」
「…じゃあ、冷蔵庫からドレッシング持ってって?」
「りょーかい」

そしてドレッシングとみそ汁は俺、ご飯はせいなが運んで、朝ご飯スタート。

「あたしね」
「ん?」
「これ、憧れてたんだ」
「これ?」
「好きな人と一緒に朝ご飯食べるの」
「……」
「…だからやっぱり、朝ご飯も練習したんだけどね」
「通りで美味いと思った」
「えっ本当?」
「おん」
「ならよかった〜」

嬉しそうに笑うのが夢の中のせいなとダブって、俺は少し目を反らした。違う。せいなはあんな風にいなくなったりせん。

「そういえば、雅治あんなに焦って何かあったんじゃなかったの?」
「あー…」
「……」
「…夢を見たんじゃ。夢の中で、目を瞑ってるうちにせいながいなくなって」
「あたし?」
「ん。で、目覚ましたら居らんくて、それで焦って」

今考えたら、外に行こうとしたのは公園に行こうとしとったのかもしれん。いなくなった場所に行っても、どうせ居らんのに。

「…それなら大丈夫だよ」
「え?」
「あたし、雅治の前からそんな風にはいなくなったりしないから」

そんな眉下げて、悲しそうに笑うな。どうしてせいなばっかが我慢しとるん。どうして俺は何もできんの。

「ちょっと、雅治がしゅんって顔しないでよ?大丈夫だってば!」

みんなが悲しくなりませんようにって神様にお願いしてるし!
そう言っとるせいなの顔は、いつもの笑顔やった。



(それじゃあおれは、おまんのしあわせをかみさまにねがおう)

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